第4話 木乃伊

 私は、自分で理解出来ない物を素直に信じる性格ではありませんでした。子供の頃から、科学は実験したり観測して、初めて、

「なるほど。」と納得しましたし、国語等は、

「井戸の中のカエルは何を考えたでしょうか。」

なんて試験問題が出ても

「井戸の中に落ちた両生類が何を考えているか。なんて知るかよ。両生類だぞ。何も考えてないだろ。てか、カエルが何か考えている事をどうやって分かるんだ?」

等と思いながらも、

「どうせ教師は、こんな回答書いとけば、喜ぶんだよな。」

と思いながら、模範回答を書くような、非常に嫌なガキでした。

そんな私でも、何故か、怪談話や妖怪話は大好きでしたが、子供の頃からの捻くれ者なので、

「背後霊?地縛霊?そこにそんな物が居るか居ないか分からないだろうが。何故居るって断言できるんだ?霊能者?自分だけ見えているって言うんだから、何とでも言えるわな。オーブ?埃か虫だろ。心霊科学?矛盾した言葉を繋げるなよ。科学で解明出来ない謎?そんな物は宇宙の広さ分あるんだよ。科学ってのは、それを人間が理解できる様にしていく物であって、今の科学で解明出来ないから、心霊だ!宇宙人だ!等と騒ぐ前に、きちんとデータ集めて、解明する努力をする事が科学だろ。科学で解明出来ない。だから科学の負け?って、どういう思考回路になったらそんな単純な回答になるんだ?分からない事だらけを研究している事が科学というのだろうに。」

と、思いつつも、お化け話の時は模範回答を用意している性格なのでした。


 ただ、自分の体験してきた事を振り返ると、世間で大騒ぎになった事を何度も体験して来たのは偶然だったのか。と、ふと、疑問に思う事が何度もありました。

 小学生の頃から、土管の中で変な物を見たり、不思議な生き物を見たり。という体験はしてきましたが、最も町が大騒ぎになったのは、中学生の時でした。


 夏休みとなり、毎日近所中の子供が集まっては、近くの田圃の畦道で、駄菓子屋で買ってきた花火をやっておりました。

 中学生がリーダーとなり、ピーっと笛がなるロケット花火や、夜ではよく見えないに、打ち上げると小さなパラシュートが開く花火や、火花が吹き出すドラゴンや、毎晩毎晩よくやったものです。

 でも、旧盆が近づく頃になると、家族で帰省している子や、宿題を貯めて親に叱られて花火に出して貰えない子も出て来て、夏休みも終わりが見えて来ると、どんどん寂しくなって来ます。

 特に蝉がアブラゼミとミンミンゼミの頃は、夏真っ盛り感があるのですが、ツクツクボウシが鳴き始めると、「あー、今年の夏も終わりか・・・・」と、子供達は皆、何とも言えない寂しさを感じるのです。

 あの頃、小さい秋を見つけた。って、この事かな。と思っていました。あの歌詞は、おもいっきり寂しそうな秋なのですが、子供心に、「小さい秋を見つけた。なら、夏真っ盛りだから、秋はまだ小さいんだよな。歌詞変じゃね?あれじゃ、でっかい秋だよな。」

などと、歌詞にまで難癖つけるガキなのでした。


 そんな夏休みの終わりの頃、夏休みには何度か登校日というのがありました。久しぶりに中学校に行って、仲間と、何やってた?と言う話で盛り上がっておりました。

 現代と違って、町に塾等ありませんから、学校の宿題以外は、勉強したい子は本屋で高校受験用の問題集でも買って、自主的に勉強するか、毎日部活動のスポーツをしているか、大半は私の様に、今日は何して遊ぶか。ばかり考えてる中学生ばかりでした。

 何して遊ぶ。って言っても田舎です。今の子の様に、都会に出てフラフラする奴なんておりません。自転車で遠出したり、魚釣りに行ったり、カブトムシやクワガタムシを取りに行ったり、中学生になっても秘密基地を作ったり。と、いたって健全?なのか分かりませんが、やる事はその程度でした。

 悪くなってきた連中も若干いましたが、なにしろみんな小学校からほぼ一緒で、他の中学校が町にないので、皆んな知り合い。ワルがいても、マンガやドラマの様に、他校と喧嘩になるなんて事もありません。悪くなった連中でも、「夏休みに煙草吸ったぞ!」程度の悪さなので、本当に平和な時代でした。

 

 そんな時、マメと呼ばれていた友人が、「なあ、夏休みも終わっちゃうからさ。夏休み最後の日に肝試ししねえ?」と、私を誘って来たのです。「いいけど、どうやる?」「参加者募ってさ。焼き場の先の庚申塔に何か置いておいて、一人で取って来る。ってどうよ。」

 ドキリ。としました。焼き場と呼ばれるのは、街の中に沢山ある森の一つでしたが、町外れにあり、元々火葬場が森の中にありました。私達が子供の頃には、もう火葬はそこではやっておりませんでしたが、森の奥に赤煉瓦作りの小さな廃屋があり、窓から覗くと火葬用の釜が二つ並んでいるのが見えるのでした。

 昼間は、カブトムシやクワガタムシの宝庫でしたので、火葬場迄、子供だけでも入っていましたが、流石に夕方、夜となりますと、誰も行かない森となり、森の前を通る道も、ほとんど人が通らなくなります。その森の東側に、宮司等はいない、やや大きめな神社があり、焼き場の森と神社の境内の境目に庚申塔が幾つか並んで立っておりました。


「どうする?」と、マメが私の顔を覗いてきました。ここでびびったらまずいな。兎に角周りに合わせる模範回答の私は、「おもしれーじゃん。やろうぜ。」と、即答しました。でも、本音では悩んでおりました。理由は分からないのですが、今年の夏休みの始めに自転車で焼き場の森の南側を通る、センターラインもない細いアスファルト舗装された道を通っていた時に焼き場の森が近づくにつれ、どんどん頭が重くなり、猛烈に気分が悪くなったのです。

 フラフラになりながら、東側の神社迄来た時が気分が悪いピークとなり、自転車のハンドルに顔を突っ伏しながら、ちらっと神社を見ますと、夏の日差しと木漏れ日の奥に、本殿が見えました。朦朧とした視野に、何か霧の様な人の様な物が、本殿の軒下、賽銭箱の裏側辺りをふらふらと彷徨っている様に見えます。凄まじい悪寒を感じながら、何とかその場を離れたら、スッっと気分が元に戻ったのでした。

 それを思い出し、またあの耐えがたい気分になったら嫌だな。と思ったからなのです。

 しかし、肝試しの話はクラスメイトに受け、担任にも親にも絶対秘密という事で、男子6人、女子5人の11人が集まりました。日時を決め、焼き場の森に繋がる道の北側にある児童公園に、18時に集合という事になりました。18時というのは、女子達からの提案で、もっと遅い時間からになると、外出させて貰えない子が出てくる事。夏休み最後に友達と花火をしてくる。と言えば、21時位までは居られる事。8月も終わりの頃だから、20時過ぎれば真っ暗になっているから肝試しが出来る。という事で、皆同意しました。参加者全員で、11枚の紙に名前やイラストを書いて、ガチャガチャのカプセル11個に入れ、昼間のうちに、皆で火葬場跡の廃屋と神社の堺に立っていた庚申塔の裏側に並べて、19時集合で、一旦各自帰宅したのでした。

 私は、何とも不安でしたが、まさかクラスメイトに言う訳にも、親に言う訳にもいかず、18時に早めの夕飯を食べ、19時に公園に行きました。11人、皆揃った所で、ジャンケンをして、一人づつ、庚申塔まで行ってカプセルを取ってくる事となりました。

 何という不運。私は一番となってしまいました。皆には、「じゃ、チャッチャと行って来るからよ。」と、空元気を出して、焼き場の森に向かいました。真夏の夜の森は、強い草の匂いと樹液の甘酸っぱい強烈な匂いで、高い湿度と薄っすらと霧のような物がかかっています。夜になっても、森の入口にポツンとある頼りない街頭の光で、まだ鳴いているアブラゼミがいますが、秋が近いので、キリギリスやクツワムシ等の大合唱が足元から聞こえて来ます。私が近づくと、虫達は鳴くのを止めますが、通過するとまた鳴き出します。懐中電灯を片手に、焼き場の廃屋目指して、足早に歩いて行きました。運動靴が何かグニャっとした物を踏んだり、木の枝を踏んで転びそうになりながら、必死に進むと、案外あっさり焼き場の廃屋につきました。

 庚申塔の裏にはカプセルが11個。急いで一つ取って帰ります。幸い、体調が崩れる事もなかったので、また歩き難く蚊が多い森を通るのではなく、神社を裏から抜けて帰れば楽だろうと考え、神社方面に向かって行きました。

 神社の本殿の裏側が真っ黒に見えてきました。よし、あそこまで行こうと、焼き場の森から神社の境内に入った時でした。急に、あの時の体調不良が襲ってきたのです。周りの空気が森の中の数倍重くなり、頭の中に何か気持ちの悪い物が入り込んで来たように頭痛が始まり、早くこの場を離れなくては。と考えている自分と、動けない。ゆっくりこの場で休みたい。という自分。そしてもう一人、何でこんな事になるんだ?と冷静にみている自分が葛藤しました。何とか逃げようと自分を奮い立たせ、フラフラになりながら本殿の裏が近づいてきました。真っ黒に見える本殿を何とか見上げますと、また、あの時に見た、霧の様な物で出来た人の様な型の物が、本殿の軒下を音もなく、風に流される訳でもなく、消えそうに見えたりはっきりとした型になったりと、なんとも頼りなくそこにおりました。そしてまた襲ってきた凄まじい悪寒。


 必死に境内を出て、田圃の畦道を通り、やっと公園に戻りますと、何やら人が増えています。私を待っている間に、警邏のパトカーが来て、「もう日が落ちたのに何をやっているのか。」と、事情を聞かれていたのです。現在では考えられませんが、あの当時、昭和40年代の田舎には、塾等という物もコンビニ等という物もありませんから、祭りの日でもないのに、日没後に小中学生が夜集まっているなんて、ほぼあり得ない事だったのです。しかも花火でもやっているなら、言い訳も出来たでしょうが、皆懐中電灯しか持っていなかったので、色々と事情を聞かれる事になってしまい、結局肝試しは中止。皆自宅に返される事になってしまいました。

 

 私もお袋様から、何やってんだ!来年は受験だよ!等と叱られ、結局、マメが企画するイベントは、大体叱られるんだよなあ。等と思いつつ、夏休みを終えました。

 

 新学期。クラスメイト11人で、始業式の後、児童公園に行きました。「結局さ。やれたの俺だけじゃん。」と、得意気に私が言うと、「仕方ないだろ。不可抗力なんだから。」とか、「別に警察が来なければ、誰だって出来たよねぇ。」等と言う奴もいました。とりあえずカプセルだけ回収しようぜ。という事になり、皆んなで行こうとマメが言ったのですが、「皆んなで行く事ないだろ。宿題やんなきゃいけないんだよ。」とか、「俺も。昨日の事で親怒ってるから、早く帰りたいんだ。」と言い出す奴もいて、またジャンケンで決めるか?となりました。

 言い出しのマメが「いいよ。じゃ。俺と此奴で回収してくるから。」と、勝手に私を指名しました。私は昨夜の体調不良があった為、どうしても行きたくなくて、「何で俺なんだよ。俺は自分の分は取って来たし。」と拒否しました。するとマメが意外?という顔をして私を見つめました。普段、付き合いが非常に良い私が、拒否をした事が意外だったのでしょう。「わーかった。俺が行くから、皆いいや。また後で遊ぼうな。」とマメが言って、その場はお開きとなりました。

 

 それから一週間位たった日でした。学校に行ったら、何らやら騒然としています。近くにいた川中子という同級生に、「どうした?」と聞きましたら、「お前知らないのか。焼き場の神社で。」ドキっとしました。あれから、そっち方面は避けていたのに、その名前がいきなり出たからです。

「知らない。何かあったのか?」

「神社の本殿の屋根裏から首が千切れた木乃伊が出たんだよ。昨日、うちの親父がさ。氏子だから秋祭りの準備で神社の本殿を掃除に行ったら、床の真ん中に大きな黒い○があったんだって。なんだこれ?と近づいたら、その○がざざざって動いてさ。それってゴキブリが集まっていて出来た○だったらしい。で、親父と他の氏子さん達も、相当びっくりしたんだけど、何でここにゴキブリが集まって居たんだ?て、話になって、天井みたら、何か凄いシミが出来ていたんだと。

 で、こりゃ屋根裏に動物でも入り込んで、死んでるんじゃないか。という話になって、管理している神社の宮司さんに話をしてさ。

 今日の朝から、宮司さんと氏子総代さんとか、消防団の人とか集まって、早朝に屋根裏に入ったら、ハリを背にして首のない死体が寄りかかっていたんだって。最初に見つけた氏子さんが、びっくりして天井を踏み抜いたら、首が転がって、踏み抜いた所から下に落ちたんだって。警察に連絡して、まだあの辺大変な騒ぎだよ。親父も一度帰って来て、凄い顔して状況だけお袋に話してさ。また神社に戻った。俺、親父の後からこっそりついて行ったらさ。初めて見たよ。テレビで見る立ち入り禁止の黄色いテープ。」

「何だそれ。大事件じゃん。」

「そう。大事件。テレビ局とか来るんじゃね?」との話でした。

 担任からも、「今日、○○神社で事件があった。警察が捜査している。危険な事でもあるし、捜査の邪魔にもなるので、絶対に行かないように。」と、キツくお達しがありました。

 でも、好奇心旺盛な中学生達です。皆んな、「見に行こうぜ。」の目配せをしているのが、よく分かりました。休み時間は、皆その話ばかり。そして予想通り放課後には、マメが「○○神社行こうぜ。俺、あの神社の向かいの家、親戚なんでさ。親戚の家に用事がある。っていうなら問題ないんじゃね。」と、また余計な策を弄してきます。

 流石に今回は、全く行く気力もない何処か私の見たあれは何だったのか。と悩んでいた私は、「わるい!今日は親に用事頼まれてんだ。」と嘘を言い、その日は家に引きこもっていました。

 数日が経ち、地元の新聞に経過を書いた記事が出ました。亡くなっていたのは、同じ町に住む大学生で、今年の正月明けから自転車で出かけたまま行方不明になっていた事。捜索願が出ていた事。心を病んでいた事。警察の捜査で、おそらく神社の屋根裏で首を吊った事。そのまま何ヶ月も発見されずに木乃伊化して、首が千切れてしまった事。自転車が神社の森の中に放置されていた事等が書いてありました。


 事件はこれで解決したようですが、それがきっかけで、私には、聞いた事もないアナフィラキシーショックとしか思えない事が起きる体質となってしまったのでした。 了

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