第5話 本屋に行くだけの友人
「それじゃあ先に行ってるからがんばってね」
薄情者の友人たちはそう言うと教室から出て行った。奈子は一人補習の課題と睨めっこをしている。
友達に教えて貰えばいっかと思っていたら先生が全員に補習を受けさせてあげると言い、みんな帰ってしまった。残ったのは奈子とあともう一人。
印象の薄い地味目の女子、名前は確か……青井美歩。自分の席で静かに読書をしている。
声をかけにくいがこのままだとプリントは一生白紙のままだろう。
「あの、青井さん。ちょっといいかな」
勇気を出して声をかけてみる。
美歩は顔を上げ、こちらをみる。
「本読んでいるところ申し訳ないんだけど、このプリント教えてくれないかな……。私一人じゃ一生終わらなくて」
「……、いいよ」
美歩は一瞬考えて答えた。
「ほんと! ありがと」
そう言って奈子は美歩の隣の席に座る。
「これなんだけど……」
「これは教科書のこのページに載ってるよ」
そう言って美歩は教科書を差し出す。
「これ見てわからないとこあったら聞いて」
そう言うと美歩は本に視線を戻した。
……自力で解けと言うことか。当然といえば当然だ。答えを教えて貰おうだなんて虫が良すぎるだろう。どこを見ればいいか教えてもらえただけありがたい。奈子は気合を入れてペンを握った。
教科書の説明とプリントの問題を見比べながら数式を書いていく。分からないところは前後のページを見て、それでも分からないところは飛ばして進めていった。
もう自力で解けるところは無いと思って美歩に聞こうとすると美歩は本を読み終わっていて奈子が解くのを見ていた。
「あっ、待たせちゃってたね、ごめん」
「大丈夫だよ。すごい集中力だね」
「後は分からなくて」
「ここはね––––」
美歩の説明はわかりやすくて残りの問題はすぐに終わった。
先生に見せにいくと答えだけじゃなく、その過程もきちんと書かれていてよく頑張ったと褒められた。
気分が良くなったがまだ美歩にきちんとお礼を言っていないことに気がついて慌てて教室に戻る。
美歩は荷物をまとめ戸締りをしていた。慌てて準備を終わらせて教室を出る。
「今日は本当にありがと。この後時間ある? せめて何か奢らせて」
「気にしなくて大丈夫だよ。この後は本屋に行きたくて」
美歩が言った。
「それじゃ本代出すよ」
「気にしなくてもいいのに」
美歩が笑って言う。
「嫌じゃなかったらついて行かせてください」
「私は構わないけど……」
「ありがとう!」
二人で並んで歩き、本屋に向かった。
「本屋なんていつぶりだろう」
たくさんの本を目の前にして奈子は呟いた。教室では元気な奈子も本屋では声のボリュームが下がる。
美歩は何も言わずゆっくりと本棚を眺めながら店内をゆっくり歩く。特に読みたい本がある訳でもない奈子はただ黙って美歩の後をついてゆくだけだった。
しばらくお互い無言でゆっくり、ゆっくり本を眺め見る。小説、漫画、ビジネス書、資格、専門書、様々なジャンルの前ゆっくり歩きタイトルを眺めてゆく。
「読まないの?」
ついに堪えきれなくなって奈子は言った。
図書館じゃないから「買わないの?」が正解だったかもしれない、言った直後に奈子は思った。
美歩は驚いて奈子を見た。まるで今まで奈子の存在を忘れていたかのように。
「あぁ、ごめんね。……そうだね、今日は買わないかな」
「えっ! じゃあ何しに来たの?」
奈子には用事もないのに本屋に来ることが理解できなかった。
「好きだから」
美歩は言った。
奈子が困っていると美歩は続けた。
「本の匂いが好きなんだよね。あと、本を手に取らずタイトルだけを流し見するの。そこで目に留まった本が今自分が興味があることで、やってみたいことで、必要なことなんだよ。だから買わなくてもよく来るんだ」
「本ってちょっと高いからね」と美歩は笑った。
「そうなんだ」
奈子は感心して自分も本を目で追う。
だが特に自分の心に残るものはなかった。
美歩はまた本を見ている。その目はキラキラしていて奈子もその世界を見てみたいと思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます