第4話 辞めたい店員VS辞めさせたくない店長


昨今どの働き先も人手不足。少子化が原因か働き方が変わったことが原因か全くわからないが、募集では『週二日、一日二時間から可能です』と書いてあっても実際はなんだかんだでそれ以上入っていることがほとんどだ。断ってもいいのだろうが、深刻そうな顔で「この日入れない?」なんて言われたら断りにくい。

 

右京隼人。近くの大学に通う一人暮らしの大学生。(彼女はいない。隼人はバイトがあって遊べないことが原因だと思っている)遊ぶお金と貯金のためにバイトを始めたが最近は学校がない日はほとんどバイトをしていることに気が付き煩い目覚まし時計を止めて起き上がったその時思った。

「バイトやめよう」

 

隼人が働くのは個人経営のカフェだ。童顔だが40代で妻子持ちの店長とパートの世話焼きなおばさんと隼人の3人が働いている。他にも一人パートのおばさんが居たのだが、両親が怪我をしたらしく世話をするため現在は休んでいる。

 

隼人が働き始めてから大体一年が経つ。最初の頃はそこまで忙しくなかったのだが、少し前に誰かがSNSに上げた影響でよくお客さんが来るようになった。

忙しくなり一人新しい人を雇ったのだが、体調不良(本当かどうかわからない)が多くシフトに入る直前に休むと連絡が来ることが頻繁にあった。その人はもう辞めてしまったが、それ以降店長は誰かを雇うことに消極的だ。

お陰で慢性的な人手不足。隼人もたくさんシフトに入るようになり、バイトと学校と課題とで自由な時間がなかった。稼いでも使い道がない。自分が思い描いていた大学生活とかけ離れていき隼人は辞めることを決めた。

 

辞める時は一ヶ月前に言ってね、と店長がいつか言っていた。突然辞めるのは迷惑になるだろうし最低限のマナーは守りたい。次の人を雇うにしろ時間が必要だろう。

ただ、辞めると言ってからの一ヶ月はなんとなく気まずい。雰囲気が悪くなるのは嫌だと隼人は思った。彼は責任感があり義理がたいが小心者だった。

なんとか円満に辞めたい。

それが彼の目標だった。

 

一月末、バイト先にて。

この日は店長が用事があり、隼人とパートの森川さんの二人だけだった。お客さんが帰り、店は隼人と森川さんの二人だけになる。話しながら片付けをしているとき、隼人は作戦を始めることにした。

「学校はどんな感じなの?」

森川さんが聞いてきた。隼人と二人きりの時の話題は「一人暮らし大丈夫?」か「最近学校はどう?」の二つだ。そこから森川さんの昔の話になるのだが、今日は「学校はどう?」の方の話題だった。

「もう学校が始まったんですけどなんとかやっています。ただ……」

ここで少し深刻そうな、悲しそうな表情と雰囲気を作り出す。

「三年生はインターンとか、研究室配属とかあって忙しそうなんですよね。就活のために資格も取りたいと思っていて––––」

「あら、大変ね。三年生は忙しいものね。私も就職活動したわ。それが大変でね––––」

そこからしばらく森川さんの昔の話が始まる。一通り話終わった頃に隼人が言った。

「そんなに資格取られていたんですね。すごいなぁ。やっぱり大事ですよね」

「そうねぇ、持っていて困ることはないからねぇ、やっぱり持っていた方がいいわよね」

「そうですよね。……。」

隼人は手を動かしながら悩むそぶりを見せる。それを見て森川さんが聞く。

「何か取りたい資格があるの?」

「色々あるんですよね。……ただ、課題とかも大変で、……このままバイト続けるのが難しそうなんですよね……」

「あぁ、そうなのね。……学生だものね。学業が優先よね」

「そうなんですよね。3月いっぱいは続けるって決めてるんですけど、4月からは……」

「まだ先だものね。そんなに焦ることはないと思うわ」

森川さんはそう言うと、また自分の過去の話に戻った。

それとなく辞めることとその理由を匂わせることはできた。今日はこれでいい。

 

二月上旬。久しぶりに晴れた日の翌日は雨。予報通りのため今日出歩く人は少ない。お店もがらんとしている。

今日は店長と森川さんと俺の3人がシフトに入っていたがお客さんが少なそうなので早めに上がっていいと言われた。森川さんは車で帰るみたいだが、俺は雨が上がってから帰ることにした。

 

「雨の日はゆっくりできていいよね」

店長がのんびりと言う。

「昨日はお客さんいっぱいで大変でしたからね。……、新しい人雇わないんですか?」

さりげなく聞いてみる。

「んー、そうなんだけどね。森川さんも右京くんも頼りになるからしばらくはいいかな……。新しい人を雇うのも大変だしね。もう少ししたら田中さん戻ってくるみたいだし」

「俺、三年生になったら学校とかさらに忙しくなるから続けられるかわかりませんよ」

「えー、そんなこと言わないでよ。ほんと入れる時だけでいいから。せめて田中さんが戻ってくるまで……」

「お願い」と店長が頼み込む。

『お願い』の一言に隼人が弱いのを知ってか知らずか店長はよくこの言葉を使う。

「……。んー、考えてみます」

そう言って隼人は言葉を濁す。いつもなら「わかりました」と言っているところだがそうしなかったのは彼が少しは成長しているのだろう。あわよくば「辞めたい」という思いを店長に汲み取って欲しいと言う考えもあったかもしれない。

 

戦いの火蓋は切られた。二月の末に隼人は辞めると言い出せるのか。3月末で辞められるのかそれともなんやかんやで続けるのか。店長とアルバイトの攻防はこれからも続く。

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