第58話 探偵の元へ

「指名手配犯って書いてあった?」

「そうだ。自ら名乗ってたんだ。」

希美は開いた口を、強引に閉じる。


「風間くん。指名手配されてる人が、指名手配犯ってTシャツ着てるはずないじゃない。」

「相手はその心理を逆手にとってるんだ。頭脳犯でもあるってことだな。」

「それは警察も有能な探偵も相手にしないわ。」

そう言われた鈴兵は、希美に食って掛かる。


「そうは言うけど、砂糖元。そいつが絶対指名手配犯じゃないって100%言い切れるか?」

「指名手配犯が、自ら指名手配犯なんて主張するわけないじゃない。少しでも目立つ行為は避けるはずよ。」

「それはお前の考えだろう?現に永く指名手配されていた犯人が死の間際自分が指名手配犯だと自供した例も少し前にあった。他にも指名手配犯が指名手配犯のTシャツを着て、実際に警察が動くかを試すという挑発行為の可能性だって0じゃない。」


「そんな可能性なんて限りなく0に近い可能性よ。」

「でも0じゃない、だろ?」

「そんなことより他にやることがあるわ。最近じゃ車両の事故や窃盗なんかも増えてきてるから、そっちに注力した方が街のためにもなるわ。」

「確かに他に有意義な行動もあるかもしれない。だが、指名手配犯が野放しになることよりも重要なことなんてそうあるもんじゃない。可能性が0じゃあない限り真実を追い求めるのが正義なんじゃないか?そうだろ?」


「はぁ。もうこれ以上話しても埒が明かないわ。どうせその探偵は暇してるだろうから、事務所に行ってみるといいんじゃない?」

「すまないが、事務所ってのはどこにあるんだ?」

「あれ?名刺に書いてなかった?」

鈴兵は、渡された名刺を希美に掲げる。


「三十路川の近く、としか書いてないんだ。」

「なんのための名刺かしら。しかたない、さっきの『大きな』執事に案内させるからちょっと待ってて。」

希美はそう言うと、門の麓にある七輪で燻製されたベーコンを焼き始めた。

その様子を怪訝そうに見守っていた鈴兵は、奥から大きな唸り声のようなものが聞こえてきたので身構える。


すると、『大きな』執事が腹を鳴らしながら小走りでやって来た。

瞬時に焼かれたベーコンを内ポケットから出したフォークで突き刺し口に運ぶと、

「なんでしょうか、お嬢様。」と慣れた様子で要件を聞いてきた。

「風間くんが、山葵山さんの事務所に用があるみたいだから、案内してもらっても良い?」


『大きな』執事は小さくはい、と言うと鈴兵を手招きして探偵事務所へと向かって歩きだす。

そんな『大きな』執事の後を歩きながら、無言の空気が心地悪かったのか、鈴兵は『大きな』執事に先ほどの出来事について尋ねる。


「いつもあんな感じで呼ばれるんですか?」

「いや、いつもはもっと玉ねぎとか椎茸とか、そんなです。」

「え?」

「お客さんがいる時とか急用の時だけですよ。ベーコンとかウィンナーとかで呼んでくれるのは。だからいつもじゃない。」

そういう意味で聞いたのではないが、何やら機嫌が悪そうなので、この話はこれ以上聞かないことにした。


三十路川沿いを探偵事務所に向かって歩いていると、何やら川の中で網を持って騒いでいる男がいる。

『大きな』執事はその怪しい男を見ると、立ち止まり、ゆっくりと川の方へ向かって歩きだした。

鈴兵もそれについていくと、『大きな』執事が男に声をかけた。


「洋一さーん、ちょうど良かった。洋一さーん。」

洋一と呼ばれた男は、『大きな』執事の声掛けに気づくと、持っていた網を背中に仕舞い込んでこちらに近づいてきた。


「なんだ脂元くんじゃないか、どうしたんだ?」

『大きな』執事は親指と人差し指で輪っかを作って鈴兵を差し出す。

「仕事です、お嬢さまからの紹介です。」


「希美くんから?初めてじゃないか、仕事を紹介してくれるなんて。で、どんな依頼なんだい?」

山葵山は鈴兵の方を見ながら、ズボンが含んだ水を絞っている。


「実は、牛坂駅の方で今朝、指名手配犯を見つけて。一緒に捕まえて欲しいんです。」

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