第56話 兆し
「............」
重い空気が3人を包む。
「と、とりあえずさ。文化祭で演奏する曲ってどんな曲なの?時間もないし、練習しないことには始まらないんじゃない?」
いくら考えても、ピアノとドラムと鉄琴とマリンバでいくしかない。
案外演奏してみたら上手くはまるかもしれない。
上手くいけば背中合わせのセッションもできるかもしれない。
結衣もそう考えたのか、そうね、と言いながら落とした鞄を拾い上げる。
「これが当日歌う予定の曲と歌詞よ。そんなに難しい曲じゃないから。」
そう言われて渡された楽譜と歌詞を見る。
確かに曲のテンポもゆっくりで、シンプルな曲だ。
ん?ゆっくり?
歌詞も見てみよう。
希美は少し違和感を覚えながらも歌詞を確認する。
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不意に訪れる 束縛の日々
気遣いという 鎖に抱かれ
不憫の値札を 張られた花は
茂みの奥へと 運ばれてゆく
棘など気にせず あなたはわたしの
心の鎖を 優しく解く
乱暴なその 言葉や仕草も
私にはとても 居心地がいい
あなたは私に 勇気をくれた
不憫じゃないと 思う勇気を
あなたは私の 鎖をほどく
背中に貼られた 虚構と共に
いつものように 接するあなたに
いつから瞳を 奪われてたのね
-中略-
いつものように 接するあなたに
いつからか身体を 奪われたのかな
どんどん膨らむ 勇気にわたしは
光に向かって ゆっくりと進んでゆく
ーーーーーーーーーーーーーー
歌詞を確認した希美は、紙をゆっくりと持ち直し結衣に尋ねる。
「鰹木さん。ひとつ聞いても良いかしら?」
結衣は希美と琴音が曲を確認している間気が気でなかったのか、そわそわしていた。
さらに、感想を言う前に含みを持たせて尋ねられたので、声が少し裏返る。
「な、なに?」
希美は少し言いにくそうに、間を置いて続ける。
「これって、ジャンルで言うと、バラードよね?」
「そう、だけど。」
結衣は希美の意図が分からず困惑している。
曲の是非ではなく、ジャンルに首を捻る希美を怪訝そうに窺う。
「鰹木さん、この曲で背中合わせのセッションしたいんだよね?」
いざ言葉にされると恥ずかしくなったのか、結衣は俯きながら頷く。
バラードでそういうのは想像できない。
アップテンポな曲のイメージが強い。
希美は思うことはあれど、言葉にはしなかった。
そっと仕舞いこんだ希美は、気を取り直して振る舞う。
「とにかく、1度みんなで合わせてみない?やってみれば何か兆しが見えてくるかもしれないし。」
4人は場所を移し、ドラム、ピアノ、鉄琴、マリンバで合わせてみることにした。
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「ふぅ、意外と良いんじゃない?もう少し互いの音に合わせられるようになればいけそうな気がする。」
希美は実際に合わせてみたら案外問題なさそうなことに、ほっとすると共に演奏する前の自分が考えすぎだったことを少し反省した。
悩むよりまず行動することが大事という気付きを得られた。
「でもー、これって誰が歌うの?」
琴音がそう言うと、
「一応私が歌おうと思ってるけど、」
結衣が遠慮がちにそう言うと、
「え?鉄琴で?」
希美の口から驚きの言葉が零れてしまった。
「あ、ごめんなさい。別に鉄琴が悪いとかじゃなくて、打楽器の人が歌うのってイメージなくて。あ、でもこのバンド、みんな打楽器か。」
再び沈黙が訪れた。
すると、今まで黙っていたカンナがおもむろに口を開いた。
「あたし、帰る。」
いつの間にか、既に身支度を終えたカンナはスマホを見ながら部屋を後にした。
希美がカンナが出ていった扉をじっと見ていると、結衣が慌てて説明する。
「左右田さん、小さい弟と妹がいるの。だから早く帰らなくちゃいけなくて。」
そうなんだ、と希美は呟く。
ここに来てからほとんど口を開かなかったカンナに、何か思うところがあるのかと希美は考えてしまう。
その様子に、結衣はまたも慌てて説明する。
「左右田さん、いつもあんな感じだから。不満とかあったら口にするタイプだから、大丈夫だと思う。」
その言葉に、希美は少しほっとしたが、カンナとはもう少し距離を縮める必要があると感じた。
「とりあえず!なんとかなりそうで良かった。砂糖元さんも鰈埼さんもすごく上手だったし、改めてありがとう。私も翼に今日の事報告してくる。それじゃあまた明日ね!」
そう言うと結衣は元気に扉を開けて出ていった。
希美はこの時はまだ、この急ごしらえのバンドが続いていくことを、知る由もなかった。
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