第55話 バンドとは何か。

「私はギターの人と一緒にバンドを組みたかったの。でも私も翼もクラス委員長をしていて、最初の頃にあまり部活に顔を出せなかった。その間に他の部員はみんなそれぞれでバンドを組んでいて、それに2人とも打楽器だから誘ってくれる人もいなくて。カンナはもともとあまり学校にも来てなかったから同じような状況で。だからつばさには悪いけど、この機会にギターの人をメンバーに入れたかったの。

でもごめんなさい。これじゃあなたたちを責めてるみたいね。ごめん。。」


普段は感情をあまり出さない結衣が、ここまで想いを吐露している姿を見て、希美はしばらく俯いて考えこむ。

「なんでギターの人とバンドしたいの?」

琴音が重苦しい雰囲気の中、皆が思っていたことを聞く。

「それは、バンドって言ったら最初にギターかドラムが思い浮かぶからじゃない?曲の幅も広がりそうだし。分かんないけど。」


確かにバンドと言ったら高見沢、高見沢と言ったらギターだ。

バンドとギターは切っても切り離せない関係。

ただ、結衣の様子はそれだけの理由ではない雰囲気だ。

希美は、さらに追及する。


「鰹木さん、本当は?」

「え?」

「本当は?」

希美はまたもやじっと結衣を見つめる。


「笑わない?」

結衣は伏し目がちに希美を見つめる。

「大丈夫、笑ったりしないわ。」

「ほんとう?」

希美がゆっくりうなずくと、結衣はぽろぽろと言葉を転がす。


「私の両親は2人とも学生の時にバンドをしていたの。だから小さい頃から両親に連れられて大きいライブに良く行ってたんだ。

そこで見たバンドの人たちは本当に楽しそうに演奏してて。でね!ギターの人が、ボーカルの人とか他のギターの人とかと背中合わせにリズム合わせて演奏してるのがすごい楽しそうだったの。私もいつかバンドを組んで、メンバーと背中合わせに演奏したいなって。」


結衣は溜め込んでいたことばを一気にはきだした。

ただ、希美は疑問に思ったことがあったが、それを言い出す雰囲気ではない。

言ったらせっかく楽しそうに語っているこの雰囲気を台無しにしてしまう。

ただ、この疑問を解決しないとどこかで大変なことになる。


「鉄琴で?」

希美が懸命に考えている横からひょいと顔を出した琴音が、禁断の言葉を発した。

「え?」

気持よく話の続きをしようとしていた結衣は、一瞬固まってしまった。

希美もこの状況を戻す言葉が思いつかず、同様に口を開けない。


そんな雰囲気に気づいていないのか、琴音は気にも留めないで言葉を投げつける。

「結衣ちゃん鉄琴しかできないんでしょ?鉄琴叩きながら、リズム良く背中合わせに演奏なんてできるの?」

バタン!

結衣は持っていたカバンを落としてしまった。

まるで予約していたホテルが別の県の似た名前のホテルだと気づいた時の、あの10月の東北旅行の時のような、結衣はそんな驚愕の事実に気づいたような顔をしている。


しかし希美も同じように驚愕していた。

それは承知の上だと思っていたからだ。

確かに、やろうと思えばできる。

観客に対して横向きに鉄琴を置いて演奏する。

そしてギターの人が来て背中を合わせて演奏する。

しかし、少し不自然になってしまう。

結衣の様子を見るに、おそらく想像していたのは体を小刻みにリズムよく揺らして、お互いで目配せして、といったものだろう。


鉄琴は動かせない。希美は鉄琴を叩いた事は無いが、きちんとした姿勢で正確に叩かないと演奏できないことは想像できる。

それに、ギターと鉄琴が背中合わせに演奏、なんか変な感じだ。

琴音の言葉を最後に、誰も言葉を発さなくなった。

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