第52話 勝利の代償

「やったー、脂元くん!よくやった!これでお金を払わずに済むぞ。」

山葵山はブロマイドのことなどすっかり忘れていた。

負けた代償を払わずに済んだことしか、彼の頭にはなかった。

山葵山が喜んでいる傍ら、『大きな』執事は天を見上げていた。

ここは店内なので、天は天でも天上しかないが。


大食いバトルに勝ったというのに静かに動かない『大きな』執事を不思議に思った山葵山は、駆け寄って背中を叩く。

「脂元くん、勝ったんだよ!もっと喜べよ。ありがとうな。」

「グガッ!」

背中を叩かれた『大きな』執事は、その拍子に鼻に入っていた焼きそばが鼻腔から喉に戻り咽てしまった。


そうだった。山葵山は、『大きな』執事の鼻に焼きそばの花が咲いていたことを思い出した。

『大きな』執事の鼻の花を追うように見ていたのどかが小さく笑っていたことには気づいていない様子だ。

しかし鼻に焼きそばが残っている時は完食になるのか?

山葵山は、そう疑問に思ったがすぐにそれをふるい落とした。


「じゃあ無事に勝てたことだし、帰るか!」

小汚いジャケットを羽織りながら、賞品のことなどすっかり忘れた探偵は入り口の引き戸を開く。

「ちょっとちょっと、洋一さん。商品忘れてる!定食無料券!」

「おぉ、そうだったな。すまんすまん。大事なやつを忘れてた。」

そう言うと、お父さんに定食無料券を受け取りに戻ると、定食無料券と一緒に大食い娘のブロマイドを渡された山葵山は、これは?とお父さんに尋ねる。


「なに言ってんだ。これが目当てで大食い勝負を挑んだんだろ?それに、俺はお前のお父さんではねぇ。」

山葵山は、じっとブロマイドを見つめる事10秒。あぁそうだった、と本来の目的を思い出す。

「さぁ今度こそ帰ろうか?」


「あ、あの。」

山葵山が声をかけた『大きな』執事の元に、焼きそばを食べ終わったのどかが声をかけてきた。

「あの、もしかして希美ちゃんの執事の人ですか?」

「のぞみちゃん?」

『大きな』執事は初めて聞く名前のようにオウム返しする。

「えと、砂糖元希美ちゃん。」

「さともとのぞみ?」

『大きな』執事は初めて聞く名前のようにオウム返しする。


見かねた山葵山は、おいおい、と溜息をついてのどかの質問に答える。

「脂元くん、いいかげん勤務先の名前くらい覚えたらどうだい。そうだよ、こいつは砂糖元家に勤めてる執事だ。」

「さともとけ?」

ダメだ、満腹で思考を放棄している。

そんな『大きな』執事にのどかは、やっぱりと手を叩いて跳ねている。


「いまクラスでうわさになってるんです。希美ちゃんの家に新しい執事さんが入ったって。」

「クラスで?」

山葵山は、驚きを隠せないで聞き返す。

「私、希美ちゃんと同じクラスの鯰谷のどかって言います。」

『大きな』執事は全く気にする様子もなく、もらった定食無料券を大事そうにポケットにしまっている。


「同じクラス、」

山葵山は静かにのどかに近づくと、

「のどかくん、今日のことは希美くんには言わないでもらっても良いかな?」

首を傾げているのどかに、山葵山は続ける。

「一応この脂元くんは、砂糖元家の執事であって、一応今は仕事中ってことになってるんだ。その仕事中に手伝ってもらってるから、希美くんにバレると大変なことになるんだよ。」


「大変なことってなんですか?」

山葵山はさらに顔を近づけて静かに答える。

「お金を請求されるかもしれないんだ。」

想像していた答えとは違ったのか、ふーん、と興味をなくしたのどかは静かに頷いた。


砂糖元家の関係者の関係者と知ってか、山葵山は『大きな』執事を連れてさっさと店を後にする。

砂糖元家までの道すがら、『大きな』執事は何やら鼻をもぞもぞと繰り返し吸っている。

「脂元くん、どうしたんだい?」

「なんか、鼻の中がすーすーして痛いんですよ。」

『大きな』執事は苦悶の表情を浮かべている。


「そりゃ、花が咲いてたんだ。その代償としたら軽いもんじゃないか?」

「花が咲いてた?」

『大きな』執事は山葵山の言葉の意味が分からず、ただ鼻を啜っていた。

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