第46話 杜子春8

ーその声に気がついてみると、杜子春はやはり夕日をあびて、洛陽の西の門の下に、ぼんやりたたずんでいるのでした。かすんだ空、白い三日月、たえまない人や車の波、ーすべてがまだ峨眉山へ、ゆかないまえとおなじことです。

「どうだな。おれの弟子になったところが、とても仙人にはなれはすまい。」

片目すがめの老人は微笑をふくみながらいいました。

「なれません。なれませんが、しかしわたしはなれなかったことも、かえっうれしい気がするのです。」ー


「杜子春、負け惜しみは恥ずかしいぜ。素直に悔しがれよ。」

「杜子春は何か得るものがあったのね。あなたと違って。」

「ていうか、鉄冠子も同じような試練を突破してきたってことだよな?仙人なんだから。」

「そうね、杜子春の受けてきたものは序の口に過ぎないのかもしれないわ。仙人になるということは、それ相応の犠牲があって、ということね。」

「火影の修業より厳しそうだぜ。」

「その名は二度と出さないでって言ったわよね?」


ー「いくら仙人になれたところが、わたしはあの地獄の森羅殿の前に、むちをうけている父母を見ては、だまっているわけにはゆきません。」

「もしおまえがだまっていたらー。」と鉄冠子はきゅうにおごそかな顔になって、じっと杜子春をみつめました。

「もしおまえがだまっていたら、おれはそくざにおまえの命をたってしまおうと思っていたのだ。ーおまえはもう仙人になりたいという望みももっていまい。大金持ちになることは、もとよりあいそがつきたはずだ。ではおまえはこれからのち、なんになったらいいと思うな。」

「なんになっても、人間らしい、正直なくらしをするつもりです。」ー


「うん、杜子春けっこう黙ってたよね?分かんないけど、そくざにおまえの命をたってやる1秒前くらいまで黙ってたよね?そもそもそくざにって、そくざって何?そくざじゃなくてだいぶ、おくざ、だったよね?」

「すぐに声を出したら、それこそ仙人になるという気持ちが軽かったってことじゃない。そくざかおくざかはあなたの価値観よ。そもそもおくざって何?」


ー「そのことばをわすれるなよ。ではおれはきょうかぎり、二度とおまえにはあわないから。」

鉄冠子はこういううちに、もう歩きだしていましたが、きゅうにまた足をとめて、杜子春の方をふりかえると、

「おお、幸い、いま思いだしたが、おれは泰山の南のふもとに一軒の家をもっている。その家を畑ごとおまえにやるから、さっそくいって住まうがいい。いまごろはちょうど家のまわりに、ももの花がいちめんにさいているだろう。」と、さもゆかいそうにつけくわえました。ー


「これで読書休憩も終わりね。さぁ、勉強を再開しましょうか。」

「ちょっと待って、最後に言わせて。鉄冠子、杜子春に甘すぎじゃない?あんなのそこらへんにほっぽいとけば良いんだよ。」

「鉄冠子は杜子春に期待していたのよ。この結果が鉄冠子にとって期待通りかどうかは分からないけどね。まぁ鉄冠子の道楽だったのかもしれないわね。」

「いいなぁ、俺も弟子にして欲しいな。仙人にもなってやるぜ。」

「あなたは最初の虎が出て来たところで声出して終わりよ。」

「まぁ俺だったら、最初にお金をもらったところで慎ましく暮らすけどね!」

「仙人とは程遠い考え方ね。」


「よし、じゃあ読み終わったから休憩するか。ちょっと外出てくるわ!」

「え?今の休憩じゃないの?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る