第45話 杜子春7
鬼はたちまち風に乗って、地獄の空へ舞いあがりました。と思うと、また星がながれるように、二ひきのけものをかりたてながら、さっと森羅殿の前へおりてきました。そのけものを見た杜子春は、おどろいたのおどろかないのではありません。なぜかといえばそれは二ひきとも、形はみすぼらしいやせ馬でしたが、顔はゆめにもわすれない、死んだ父母のとおりでしたから。ー
「ねぇ、畜生道って悪いことした人が行くところだよな?杜子春のお父さんお母さんは悪いことしたのか?」
「人間は誰しも程度はあるけれど、悪いことはしているものよ。お金持ちならなおさらよ。」
「そういうもんなのか。でも俺は悪いことなんかしてないからな。畜生道なんて行かないぜ!」
「そうね、あなたは畜生道なんて良い道になんて行けないわ。」
「え?」
ー「こら、そのほうはなんのために、峨眉山の上にすわっていたか、まっすぐに白状しなければ、こんどはそのほうの父母にいたい思いをさせてやるぞ。」
杜子春はこうおどされても、やはり返答をしずにいました。
「この不孝者めが。そのほうは父母が苦しんでも、そのほうさえつごうがよければ、いいと思っているのだな。」
えんま大王は森羅殿もくずれるほど、すさまじい声でわめきました。
「打て、鬼ども。その二ひきの畜生を、肉も骨も打ちくだいてしまえ。」
-中略-
馬は、ー畜生になった父母は、苦しそうに身をもだえて、目には血のなみだをうかべたまま、見てもいられないほどいななきたてました。ー
「おい、両親がひどいことされてるのに黙ってるなんておかしいよ!そんなことしてまで仙人になりたいのか?俺は黙って仙人になるよりも、声を出して火影になるぜ!」
「杜子春も辛いのよ。自分も苦しい思いをして、大切な人にも辛い思いをさせて。一番つらいのは杜子春なの。幻だと思っていてもね。だから二度と火影の名前を出さないで。」
ー「どうだ。まだそのほうは白状しないか。」
えんま大王は鬼どもに、しばらくむちの手をやめさせて、もう一度杜子春の答えをうながしました。もうそのときには二ひきの馬も、肉はさけ骨はくだけて、息もたえだえに階の前へ、たおれふしていたのです。
杜子春は必死になって、鉄冠子のことばを思いだしながら、かたく目をつぶっていました。するとそのときかれの耳には、ほとんど声とはいえないくらい、かすかな声がつたわってきました。
「心配をおしでない。わたしたちはどうなっても、おまえさえしあわせになれるのなら、それよりけっこうなことはないのだからね。大王がなんとおっしゃっても、いいたくないことはだまっておいで。」ー
「お父さん、そんなこと言ってくれるなよ。自分が辛い目にあってるのに、息子のことを思いやって、お父さん。グスン。」
「親子の絆ね。自分の子供の幸せが親の幸せと言うから。」
ーそれはたしかになつかしい、母親の声にちがいありません。ー
「あ、お母さんだった。」
ー杜子春は思わず、目をあきました。そうして馬の一ぴきが、力なく地上にたおれたまま、かなしそうにかれの顔へ、じっと目をやっているのを見ました。母親はこんな苦しみのなかにも、むすこの心を思いやって、鬼どものむちに打たれたことを、うらむ気色さえも見せないのです。大金持ちになればお世辞をいい、貧乏人になれば口もきかない世間の人たちにくらべると、なんというありがたい志でしょう。なんというけなげな決心でしょう。杜子春は老人のいましめもわすれて、まろぶようにそのそばへ走りよると、両手に半死の馬の首をだいて、はらはらとなみだをおとしながら、「お母さん。」とひと声さけびました。……ー
「あっ、杜子春声出したー。」
「やはり家族のきずなは強いのね。世間の人とは比べ物にならないわ。」
「なぁなぁ、杜子春声出したよな?」
「だからこそ家族は何よりも大切にしなければならないのよ。なにがあっても、どうなことがあっても絶対に自分の味方でいる存在なんて他に無いもの。」
「あれだけ我慢したのに、最後に声出しちゃったよな?もったいねー。」
「そんな家族の存在は仙人になるためのいいつけよりも優先されるものだってことなの。」
「でもだったらむちで叩かれる前に助ければ良かったじゃないか。それなのに最後になって声だすなんて。」
「あなたはいますぐ死んで跡形もなく消えれば良いわ。」
「え?おれ地獄にも行けないの?」
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