第44話 杜子春6
ー杜子春のからだは岩の上へ、あおむけにたおれていましたが、杜子春の魂はしずかにからだからぬけだして、地獄の底へおりてゆきました。
-中略-
やがて森羅殿という額のかかったりっぱな御殿の前へでました。
御殿の前にいたおおぜいの鬼は、杜子春のすがたをみるやいなや、すぐにそのまわりをとりまいて、階の前へひきすえました。階の上には一人の王さまが、まっ黒なきものに金の冠をかぶって、いかめしくあたりをにらんでいます。これはかねてうわさに聞いた、えんま大王にちがいありません。ー
「猿魔だ、猿魔!やっぱりあいつ火影だったんだ!なぁ、そうだろう?」
「落ち着いて、漢字が違うわ。猿魔じゃなくて閻魔よ。」
「ていうか地獄って、もう戻ってこれないのか?」
ー杜子春はどうなることかと思いながら、おそるおそるひざまずいていました。
「こら、そのほうはなんのために、峨眉山の上にすわっていた?」
えんま大王の声は雷のように、階の上からひびきました。ー
「鉄冠子のおっさんに言われたからだよ、なぁ?」
「あなた今喋ったわね?」
「え?」
ー杜子春はさっそくその問いに答えようとしましたが、ふとまた思いだしたのは、「けっして口をきくな。」という鉄冠子のいましめのことばです。そこでただ頭をたれたまま、おしのようにだまっていました。するとえんま大王は、もっていた鉄の笏をあげて、顔じゅうのひげを逆立てながら、
「その方はここをどこだと思う?すみやかに返答すればよし、さもなければ時をうつさず、地獄の呵責にあわせてくれるぞ。」と、威丈高にののしりました。ー
「おれ、人に質問されて無視するってのはどうかと思うぞ。」
「えんま大王は人としてカウントされるのかしら?これは峨眉山が生んだ魔性だから無視して大丈夫なの。」
ーが、杜子春はあいかわらずくちびるを一つうごかしません。それを見たえんま大王は、すぐに鬼どもの方をむいて、あらあらしくなにかをいいつけると、鬼どもは一度にかしこまって、たちまち杜子春をひきたてながら、森羅殿の空へ舞いあがりました。
地獄にはだれでも知っているとおり、剣の山や血の池のほかにも、焦熱地獄というほのおの谷や極寒地獄という氷の海が、まっくらな空の下にならんでいます。鬼どもはそういう地獄の中へ、かわるがわる杜子春をほうりこみました。ですから杜子春は無残にも、剣に胸をつらぬかれるやら、ほのおに顔を焼かれるやら、舌をぬかれるやら、皮をはがれるやら、鉄のきねにつかれるやら、油のなべににられるやら、毒蛇に脳みそをすわれるやら、くまたかに目を食われるやら、-その苦しみを数えたてていては、とうてい際限がないくらい、あらゆる責め苦にあわされたのです。それでも杜子春はがまん強く、じっと歯を食いしばったまま、ひと言も口をききませんでした。ー
「ごめん、おれ杜子春舐めてた。いっぱいお金もらって良いなとか、ずうずうしいなとか、黙ってるのなんておれでもできるよ、とかどうせ口だけですぐ口を開いちゃうんだろうなとか思ってた。」
「ずいぶん思ってたのね。でも普通の人だったら叫んじゃうよね。春日でも叫ぶと思うわ。」
「春日って?」
ー「この罪人はどうしても、ものをいう気色がございません。」と、口をそろえて言上しました。
えんま大王はまゆをひそめて、しばらく思案にくれていましたが、やがてなにかを思いついたとみえて、
「この男の父母は、畜生道に落ちているはずだから、さっそくここへひき立ててこい。」と、一ぴきの鬼にいいつけました。ー
「畜生道ってなに?」
「仏教の考えでは人間も含めて、いのちが生死を繰り返す世界を六つに分かれているの。それを六道といって、その中に畜生道があるわ。三つの悪道の中の一つで、悪い行いをしたいのちが行く道で、獣の姿になって苦しむの。」
「そっか、俺も畜生道に行かないように頑張るぜ!」
「あなたは畜生道にも行けないかもね。」
「え?」
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