第43話 杜子春5
ーしかし杜子春は仙人のおしえどおり、なんとも返事をしずにいました。
ところがまたしばらくすると、やはりおなじ声がひびいて、
「返事をしないとたちどころに、命はないものとかくごしろ。」と、いかめしくおどしつけるのです。
杜子春はもちろんだまっていました。ー
「おい、命はないって言われてるのに黙ってるよ。俺だったら返事しちゃうな。」
「あなたさっき楽勝って言ってなかった?序盤も序盤よ?」
ーと、どこから登ってきたか、らんらんと目を光らせた虎が一ぴき、こつぜんと岩の上におどりあがって、杜子春のすがたをにらみながら、ひと声高くたけりました。のみならずそれと同時に、頭の上の松の枝が、はげしくざわざわゆれたと思うと、うしろの絶壁のいただきからは、四斗樽ほどの白蛇が一ぴき、ほのおのような舌をはいて、みるみる近くへおりてくるのです。ー
「らんらんって、なんだかうきうきで来るじゃん。雰囲気崩れるなぁ。」
「らんらんは光り輝くって意味ね。るんるんに引っ張られてるわね。」
ー杜子春はしかし平然と、まゆ毛うごかさずにすわっていました。
虎と蛇とは、一つ餌食をねらって、たがいにすきでもうかがうのか、しばらくはにらみ合いの体でしたが、やがてどちらが先ともなく、一時に杜子春にとびかかりました。が、虎の牙にかまれるか、蛇の舌にのまれるか、杜子春の命はまたたくうちに、なくなってしまうと思ったとき、虎と蛇はとは霧のごとく、夜風とともにきえうせて、あとにはただ、絶壁の松が、さっきのとおりこうこうと枝を鳴らしているばかりなのです。杜子春はほっとひと息しながら、こんどはどんなことが起こるかと、心まちにまっていました。ー
「心まちにしてるって、杜子春調子に乗ってるぞ!」
ーすると一陣の風がふき起こって、隅のような黒雲がいちめんにあたりをとざすやいなや、うすむらさきのいなずまが、やにわに闇を二つにさいて、すさまじく雷が鳴りだしました。
-中略-
そのうちに耳をもつんざくほど、大きな雷鳴がとどろいたと思うと、空にうずまいた黒雲の中から、まっ赤な一本の火柱が、杜子春の頭絵落ちかかりました。
杜子春は思わず耳をおさえて、一枚岩の上へひれふしました。が、すぐに目をひらいて見ると、空は以前のとおり晴れわたって、むこうにそびえた山々の上にも、茶わんほどの北斗の星が、やはりきらきらかがやいています。してみればいまの大あらしも、あの虎や白蛇とおなじように、鉄冠子のるすをつけこんだ、魔性のいたずらにちがいありません。杜子春はようやく安心して、ひたいの冷や汗をぬぐいながら、また岩の上にすわりなおしました。ー
「杜子春冷や汗かいてるじゃん。調子に乗ってるからだよ。ささーや、今度言っといて?」
「言っといてって、誰に?芥川龍之介に?杜子春に?どっちにしても無理なんだけど。」
ーが、そのため息がまだきえないうちに、こんどはかれのすわっている前へ、金の鎧を着下した、身のたけ三丈もあろうかという、おごそかな神将があらわれました。
-中略-
神将は戟を高くあげて、むこうの山の空をまねきました。そのとたんに闇がさっとさけると、おどろいたことには無数の神兵が、雲のごとく空にみちみちて、それがみな槍や刀をきらめかせながら、いまにもここへひとなだれにせめよせようとしているのです。
この景色をみた杜子春は、思わずあっとさけびそうにしましたが、すぐにまた鉄冠子のことばを思いだして、いっしょうけんめいにだまっていました。神将はかれがおそれないのを見ると、おこったのおこらないのではありません。
「この強情者め。どうしても返事をしなければ、約束どおり命はとってやるぞ。」
神将はこうわめくがはやいか、三つ叉の戟をひらめかせて、一突きに杜子春を突き殺しました。そうして峨眉山もどよむほど、からからと高くわらいながら、どこともなくきえてしまいました。もちろんこのときはもう無数の神兵も、ふきわたる夜風の音といっしょに、ゆめのようにきえうせたあとだったのです。
北斗の星はまた寒そうに、一枚岩の上をてらしはじめました。絶壁の松もまえにかわらず、こうこうと枝を鳴らせています。杜子春はとうに息がたえて、あおむけにそこへたおれていました。ー
「おい、杜子春?杜子春?、、ダメだ、息してない。これは死んでるな。」
「息してないって、あなたも峨眉山にいるの?」
「そんなことよりどうするんだよ、さっきまですんでの所で虎とか蛇は消えて大丈夫だったじゃないか。突き殺したって、息絶えたって!」
「落ち着いて、先を読めば分かるわ。」
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