第39話 杜子春1

「一緒に行きましょう。」

文目は自分が案内した方が早いと判断して、一緒に本を探すことにした。


受付の横の機械で、芥川龍之介と検索して、近・現代の小説コーナーへと向かう。

「なぁ、あの機械で何をしたんだ?」

「あれは図書館の蔵書を検索する機械よ。あとは今の気分や好きなジャンル、年齢とかを入れるとおすすめの本を表示してくれたり便利なのよ。」

「なんかカラオケのタブレットみたいだな。」


近・現代の小説コーナーに到着すると、文目はいくつか本を手に取り選別する。

桜児は、りゅうってカッコいい方の龍か、と独り言ちている。

「こんなの良いんじゃない?」

文目はメロスの時と同じ青い鳥文庫の短編集を手に取って桜児に見せる。

「くもの糸、ど、どこはる?」

あおはるみたいに言うな。文目は思いとどまる。

「とししゅんって読むの。中国の若者のお話よ。」

「良いな!名前もカッコいいし!それ読もう!」


桜児は差し出された本を手に取り、颯爽とソファ席に戻る。

席に戻っても桜児は座らずに本を透かすように見ている。

「さぁ、それ読んで勉強に戻りましょう?」

おう!、と桜児は元気よく答え、すっと文目の横に座る。

「ちょっと、なんでこっち?」

無遠慮にも隣に座って来た桜児に、異議を唱える。

「だって、向かい合ってたら声が大きくなるだろ?ここ図書館だぜ?」

さっきの自分のことは棚に上げて、どや顔で文目を見る桜児。

「それに、もう怒られるの嫌だし。」

こっちが本音だろう。しかし桜児の他意の無いことを感じた文目は、素直に従う。


「じゃあ早速読もうぜ!」

隣同士でも関係ない桜児の声量に、司書さんの目線を感じた。


ーある春の日ぐれです。

唐の都洛陽の西野門の下に、ぼんやり空をあおいでいる、一人のわか者がありました。

わか者は名は杜子春といって、もとは金持ちのむすこでしたが、いまは財産をつかいつくして、その日のくらしにもこまるくらい、あわれな身分になっているのです。ー


「杜子春可哀そうだなぁ。名前はカッコいいのに。これ杜子春って名前なのか?苗字は?」

「同じ唐の時代に杜甫とか杜牧って詩人がいたから、たぶん杜が苗字で子春が名前じゃないかしら。」

「へぇー、春の子供か。なんか俺と似てるな!」


ーしかし杜子春はあいかわらず、門の壁に身をもたせて、ぼんやり空をながめていました。空には、もうほそい月が、うらうらとなびいた霞の中に、まるでつめのあとかと思うほど、かすかに白くうかんでいるのです。

「日はくれるし、腹はへるし、そのうえもうどこへいっても、とめてくれるところはなさそうだしーこんな思いをして生きているくらいなら、いっそ川へでも身を投げて、死んでしまったほうがましかもしれない。」ー


「だめだ!そんなことで死んじゃだめだ!」

「秋冬君、静かにして!」


ーするとどこからやってきたか、とつぜんかれの前へ足をとめた、片目すがめの老人があります。それが夕日の光をあびて、大きな影を門へおとすと。じっと杜子春の顔を見ながら、

「おまえはなにを考えているのだ。」と、おうへいにことばをかけました。ー


「片目すがめってどういう意味だ?」

「片方の目が見えないということよ。」

「え?何それカッコいいじゃん!」


ー「わたしですか。わたしは今夜ねるところもないので、どうしたものかと考えているのです。」

老人のたずね方がきゅうでしたから、杜子春はさすがに目をふせて、思わず正直な答えをしました。

 -中略-

「ではおれがいいことを一つおしえてやろう。いまこの夕日の中に立って、おまえの影が地にうつったら、その頭にあたるところを夜中にほってみるがいい。きっと車にいっぱいの黄金がうまっているはずだから。」

「ほんとうですか。」ー


「え?自分の頭の中に黄金が入ってるのか?それを掘れって?いかれてんのか?」

「よく読んで。地面に映る影の頭の部分を掘れってこと。掘るのは土よ。」

「なんだ、早く言ってくれよ。」


ー杜子春はおどろいて、ふせていた目をあげました。ところがさらにふしぎなことには、あの老人はどこへいったか、もうあたりにはそれらしい、影も形も見あたりません。そのかわり空の月の色はまえよりもなお白くなって、やすみない往来の人通りの上には、もう気の早いこうもりが二、三びきひらひら舞っていました。ー


「おい、いきなり消えるなんて忍者か?片目の老人の忍者。きっと火影だ、カッコいいな!」

「うん、そうだね。」

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