第25話 走れメロス7
ー眼が覚めたのは翌る日の薄明の頃である。メロスは跳ね起き、南無三、寝過ごしたか、いや、まだまだ大丈夫、これからすぐに出発すれば、約束の刻限までには十分間に合う。きょうは是非とも、あの王に、人の真実の存するところを見せてやろう。そうして笑って磔の台に上ってやる。メロスは、悠々と身支度をはじめた。雨も、いくぶん小降りになっている様子である。身支度は出来た。さて、メロスは、ぶるんと両腕を大きく振って、雨中、矢の如く走り出した。ー
「メロス寝坊してるじゃん。俺と一緒だな!」
「今から出発すれば十分間に合うって言ってるでしょ?あなたと一緒にしないでもらえるかしら。」
「それに寝坊したのにゆっくり準備してるじゃん、急げよ。」
「メロスは急がば回れをしっかり理解しているみたいね。急いでいる時こそ落ち着いて考えながら準備しているのよ。」
「そっかー、すごいなメロスは。」
ー私は、今宵、殺される。殺される為に走るのだ。身代わりの友を救う為に走るのだ。王の奸佞邪智を打ち破る為に走るのだ。走らなければならぬ。そうして、私は殺される。若い時から名誉を守れ。さらば、ふるさと。若いメロスは、つらかった。幾度か、立ち止まりそうになった。えい、えいと大声を挙げて自信を叱りながら走った。ー
「ちょっと待って、殺されるために走るって。悲しすぎる!」
「メロスはセリヌンティウスのために走っているのよ。自分のことはどうなっても良いとね。」
「そっかー、すごいなメロスは。」
ーメロスは額の汗をこぶしで払い、ここまで来れば大丈夫、
-中略-
そんなに急ぐ必要も無い。ゆっくり歩こう、と持ち前の呑気さを取り戻し、好きな小歌をいい声で歌い出した。ー
「メロス、呑気過ぎやしないか?歌なんか歌っちゃって。何歌ってるのかな?贈る言葉とかかな?」
「この頃に海援隊はいないわ。それに、別れの歌はこの場面にはそぐわないわ。この節はこの後の布石よ。」
ーぶらぶら歩いて二里行き三里行き、そろそろ全里程の半ばに到達した頃、降って湧いた災難、メロスの足は、はたと、とまった。見よ、前方の川を。きのうの豪雨で山の水源地は氾濫し、濁流滔々と下流に集まり、猛勢一挙に橋を破壊し、どうどうと響きをあげる濁流が、木端微塵に橋桁を跳ね飛ばしていた。
-中略-
メロスは川岸にうずくまり、男泣きに泣きながらゼウスに手を挙げて哀願した。ー
「だから言ったんだ、呑気過ぎやしないかって!」
「メロスは身をもって反面教師となり、油断せずに行こうと伝えたかったのよ。」
「そっかー、すごいなメロスは。」
ー今はメロスも覚悟した。泳ぎ切るより他に無い。
-中略-
メロスはざんぶと流れに飛び込み、百匹の大蛇のようにのた打ち荒れ狂う浪を相手に、必死の闘争を開始した。
-中略-
押し流されつつも、見事、対岸の樹木の幹に、すがりつく事が出来たのである。ー
「最近川の事故が多いのは、メロスのせいだったのか。」
「流石にそれはメロスを過大評価し過ぎよ。そんなに影響力はないわ。事故が多いのは秋冬君みたいなおバカさんが多いからよ。」
ーぜいぜい荒い呼吸をしながら峠をのぼり、のぼり切って、ほっとした時、突然、目の前に一隊の山賊が躍り出た。ー
「踏んだり蹴ったりじゃん!一難去ってまた一難なんて、泣き面に蜂だよこんなの。」
「あなた、ことわざに詳しいのね。そうね、弱り目に祟り目とはこのことね。」
ー三人を殴り倒し、残る者のひるむ隙に、さっさと走って峠を下った。一気に峠を駆け降りたが、流石に披露し、折から午後の灼熱の太陽がまともに、かっと照って来て、メロスは幾度となく眩暈を感じ、これではならぬ、と気を取り直しては、よろよろ二、三歩あるいて、ついに、がくりと膝を折った。立ち上がる事が出来ぬのだ。天を仰いで、くやし泣きに泣き出した。
-中略-
私はこれほど努力したのだ。約束を破る心は、みじんも無かった。神も照覧、私は精一ぱいに努めて来たのだ。動けなくなるまで走って来たのだ。ー
「さっきも思ったけど、メロス泣きすぎじゃない?今も言い訳ばかりしてるし。」
「メロスも人間ってことね。」
ー私は、よくよく不幸な男だ。私は、きっと笑われる。私の一家も笑われる。私は友を欺いた。中途で倒れるのは、はじめから何もしないのと同じ事だ。ああ、もう、どうでもいい。これが、私の定った運命なのかも知れない。セリヌンティウスよ、ゆるしてくれ。
-中略-
いまだって、君は私を無心に待っているだろう。ああ、待っているだろう。ありがとう、セリヌンティウス。
「そうだよ、俺のセリヌンティウスが可哀想だよ。ずっと待ってるのに。多分臭い飯食わされてトイレもみんなが見てる前でさせられて。ふかふかのベットで眠ることしか出来ないんだぞ。」
「なんでベットだけ厚い待遇?それと、あなたのセリヌンティウスではないわ。」
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