第23話 走れメロス5

桜児はそんな文目の様子に気づく様子もなく、テーブルにメロスを展開する。

「なぁなぁ、早く読もうぜメロス!なんかいきなり怒ってるんだけど?」

メロスは激怒した。

確かに走れメロスの冒頭はその言葉から始まる。

文目は半ば強引に桜児に走れメロスを読み聞かせることになってしまった。

そう、なってしまった。


ーメロスは激怒した。必ず、かの邪知暴虐の王を除かなけれ ばなら ぬと決意し た。メロスには政治がわからぬ。メロスは、村の牧人である。笛を吹き、羊と遊ん で暮して来た。ー


「えっ、メロスって遊び人だったの?いいなぁ、俺もメロスになりたい。」

「メロスは紀元前の牧人よ。この時代にはテレビもネットもない時代なんだけど、それでもメロスになりたい?」

「早く続き読もうぜ!」


ーメロスには父も、母もない。女房も無い。十六の、内気な妹と二人暮らしだ。この妹は、村の或る律儀な一牧人を、近々、花婿として迎える事になっていた。結構式も間近かなのである。メロスは、それゆえ、花嫁の衣装やら祝宴の御馳走やらを買いに、はるばる市にやって来たのだ。ー


「メロスって大変だなぁ。妹を一人で養って。結婚式の準備まで。」

「そうね。もう二度とメロスになりたいなんて言わないでね。」


ー先ず、その品々を買い集め、それから都の大路をぶらぶら歩いた。メロスには竹馬の友があった。セリヌンティウスである。ー


「出てきた、セリヌンティウスだ!」


ー歩いているうちにメロスは、まちの様子を怪しく思った。

 -中略-

 メロスは両手で老爺のからだをゆすぶって質問を重ねた。老爺は、あたりをはばかる低声で、わずか答えた。

「王様は、人を殺します。」

 -中略-

「おどろいた。国王は乱心か。」ー


「乱心って何?ピントが合ってないの?」

「それは多分乱視のことかしら?乱心は心が乱れておかしくなっているってことよ。あなたの場合は頭が乱れているのかも。乱頭?」


ー聞いて、メロスは激怒した。「呆れた王だ。生かして置けぬ。」

メロスは、単純な男であった。買い物を、背負ったままでのそのそ王城にはいって行った。たちまち彼は、巡邏の警吏に捕縛された。調べられて、メロスの懐中からは短剣が出て来たので、騒ぎが大きくなってしまった。メロスは、王の前に引き出された。ー


「ちょっと待って、メロスめっちゃまぬけじゃん。」

「激怒していたからね。民を守りたい一心で向かってしまったのね。」


ー「ただ、私に情をかけたいつもりなら、処刑までに三日間の日限を与えて下さい。たった一人の妹に、亭主を持たせてやりたいのです。三日のうちに、私は村で結婚式を挙げさせ、必ず、ここへ帰って来ます。」ー


「え、てかこいつ妹の結婚式があるのに王様に喧嘩売ったの?ばかじゃん。」

「彼にとって妹の結婚式に行けないことよりも、王様の圧政を見て見ぬ振りをすることの方が許せなかったのよ。あなたよりは賢いとは思うわ。」

「そっかー、すごいなメロスは。」


ー「とんでもない嘘を言うわい。逃がした小鳥が帰ってくるというのか。」

「そうです。帰ってくるのです。」メロスは必死で言い張った。「私は約束を守ります。三日間だけ許して下さい。妹が、私の帰りを待っているのだ。そんなに私を信じられないならば、よろしい、この市にセリヌンティウスという石工がいます。私の無二の友人だ。あれを、人質としてここに置いて行こう。私が逃げてしまって、三日目の日暮れまで、ここに帰って来なかったら、あの友人を絞め殺してください。たのむ、そうして下さい。」ー


「待って待って、こいつ無二の親友を物みたいに扱ってるじゃん。置いて行くって。しかも絞め殺して下さいって、殺害方法まで指定してるじゃん。怖っ。」


太宰治. 走れメロス 講談社出版. 青い鳥文庫.

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