第22話 走れメロス4
「走れメロスって今そんなに人気なの?昔から読まれていているのに。」
そう聞かれた桜児は、丑嶋先生の顔が浮かんだ。
「もしかしたら丑嶋先生の影響かも知れない。」
「丑嶋先生?1組の担任の?」
桜児はこれまでの丑嶋との経緯を女生徒に説明する。
「さっき俺が正門前のベンチで休憩してたら、丑嶋先生がどことなく現れたんだ。で、マラソン大会で良い結果を出したいなら太宰治の走れメロスを読んで自分のセリヌンティウスを見つけろって言うんだよ。だから図書館来たんだ。俺。」
そう伝えられた女生徒は、親指と人差し指で顎を押さえながら考えを巡らせている。
「あなたはそれを信じてここに来たってこと?さっきの人たちも?」
まるで小学生を叱るような話しぶりに、桜児は慌てて弁明を図る。
「いやそれがさ、太宰治が正門前の木に腰掛けて作品を書いたのが走れメロスらしいんだ。ちょうど太宰治が訪れた時にマラソン大会がやってて、それで思いついたんだって言うんだ。あの大木にはメロスの意思が宿っているって。」
「......。」
女生徒は言葉を失った。
理屈じゃないことを信じている人に理屈で説明しても意味がない。
それよりも早くこの話から離脱したい。
女生徒は話を切り上げることにした。
「そういうことなら、走れメロスは短い作品だから読んでみたら良いんじゃないかしら?」
女生徒はそう言うと、読んでいた文庫本に意識を戻す。
すると桜児は机に乗っているメロスを手に取ると、よっこしょと女生徒の隣に腰掛ける。
ひゃっ、と文庫本に集中していた女生徒は、いきなり隣に座ってきた桜児に驚いている。
「なんで隣に座るの?そっちで良いでしょ?」
女生徒は自分の向かいのソファを指さしながら、桜児に移動するように要求する。
しかし桜児は隣に座るのが当たり前のような顔をしながら、メロスを顔の横に持ち上げる。
「いや俺さ、本読んだことないから一緒に読んでくれない?短いやつなんでしょ?」
満面の笑みを浮かべる桜児に、女生徒は無下に断ることが憚られた。
「そう言えば、名前なんて言うんだ?俺の名前は、」
「秋冬桜児」
「えっ?」
桜児はいきなり自分の名前を呼ばれて驚いた。
「どうして俺の名前を?」
「あなたは有名人だから。入学式に参加していた人なら誰でも知ってるわ。」
秋冬桜児は、入学式の学園長の話の際に大きな寝言で自分の名前を叫んだためその場にいたほぼ全員が彼の名前を覚えてしまった。
もちろん悪い意味で有名人である。
桜児は名前を聞いただけで辱めを受けてしまった。しかも名前も聞けてない。
「で、あなたの名前は?」
再度名前を聞かれた女生徒は、少し恥ずかしそうに答える。
「あやめ。」
「え?」
「笹本文目。私の名前なんてどうでも良いでしょ。」
念願の名前が聞けたのに、桜児は何か難しい顔をしている。
聞かれたことに答えたのに、返答がないことを不思議に思った文目は桜児の顔を覗く。
すると、知らずに貯まっていたポイントに気づいた時のような笑顔で桜児が文目を指さす。
「ささーやだ!」
「え?」
「あだ名だよ。ささもとのささ、とあやめのあや、でささーや。良いでしょ?」
「ささーや。。」
文目は恥ずかしいあだ名をつけられて戸惑っているのか、俯いて桜児の言葉を繰り返す。
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