王国のこれから
謁見の間に、王と王妃と公爵家に侯爵家の当主が集められ、第三王子シルヴェストルとオリゼーが最後に現れた。
「オリゼー!良かった!私の正妃になるがいい!」
場を読まない相変わらずの馬鹿ですわね。
私はとっておきの笑顔を向けた。
「嫌でございます。貴方に嫁ぐ位なら、国王陛下に嫁ぎますわ」
私の言葉に、王妃が悲鳴のような声を上げて立ち上がった。
「な、な、何を言う!」
「王妃殿下もお仕事が滞っておられるとか……お労しい限りでございます」
まさか王妃も、自分の立場にまで手を伸ばされるとは思っていなかったのだろう。
レンダー王太子もあまりの事にぽかん、と口を開けている。
自分の実の父親に嫁ぐと言われるとは思わなかったのだろう。
隣に立っていたシルヴェストル王子が愉しそうにくつくつと笑った。
「王妃様の仕事を奪ったら、立場がないだろう。毒杯を賜る事になってしまうではないか」
毒杯、と聞いて王妃が真っ白になって、椅子にすとんと落ちる。
何も言えないまま、王妃は直ぐ隣に座る夫を縋るように見て、でも陛下はシルヴェストルと私に視線を向けたままだ。
「ですので、提案がございます、国王陛下。私が次の王になりましょう。条件はオリゼーとの結婚」
そう言われて、承諾の意味を込めて私は深く優雅にお辞儀をした。
「王妃殿下には我が母と交代で、離宮にて余生をお過ごし戴きたい。母上も王妃教育は受けておられますので、後の事は心配なさらず、ゆっくりと休養をなさって頂ければと。王太子殿下の処分については国王陛下にお任せいたします。それと、オリゼーと私の補佐は、デリック第二王子とロージー・スティーダ嬢が引き受けてくれると了承を得ております」
完璧な手回しに、おお、と居並ぶ貴族達から声が漏れた。
デリックやロージーがいるなら、自分でも仕事が出来る!と叫びだしそうなレンダー王太子だが、父親に嫁ぐと言った私の言葉にまだ衝撃を受けているらしい。
呆然とこちらを見たまま固まっている。
「シルヴェストル、よく戻った。レンダー王太子は廃嫡とし、臣籍降下とする。アリス・ピロウ男爵令嬢との結婚を認めよう。そして、シルヴェストルを新たに王太子として、王太子妃にはオリゼー・オルブライト公爵令嬢を迎える。王妃は病の為、離宮へと隔離。側妃を王妃の代理として召す。以上だ」
「ま、待ってください、父上」
レンダーは足掻いたが、兵士達に連れられて、引きずっていかれる。
王妃は、がくりと項垂れたものの、静かに淑女の礼を執ると、謁見の間を後にした。
王の決定が下った所で、デリックとロージーも謁見の間に現れて、ロージーとスティーダ侯爵は再会を喜び合う。
だが、息つく暇はそんなにない。
何せ仕事が溜まっているのだ。
「さて、お仕事の時間ですわよ。ロージーはわたくしといらっしゃい」
「はい、お姉様!」
「早速約束を破らせてしまうではないか」
シルヴェストルが眉を下げるが、その顔が可愛くて、私は笑顔を浮かべた。
「一つ、貸しにしておきましょう」
「あら、じゃあわたくしも。デリック様に貸しを作ろうかしら!」
ロージーが愉しそうに、笑いながら私の腕に腕を絡める。
「いいよ、ロージー。君には頭が上がらない」
デリックの笑顔に、ロージーも頷いて、私達は執務室へ歩き始めた。
●●●
数日間、4人で執務をして、その間の新しい王妃様の仕事は側妃様が滞りなく片付けた。
王太子の仕事はシルヴェストルが一人で難なく片付けたので、私の仕事はもう無い。
救護院や孤児院への慰問は、次世代の王子妃であるロージーと共に訪れ、漸く学園生活に戻っていった。
私も、一緒に学園に戻ったのだけど。
「オリゼー、今からでも遅くはない。私とやり直そう!」
面倒臭いのに捉まった。
既に臣籍降下済であり、さっさと婚姻も結ばされているのだから、遅くない訳がない。
相変わらず自分の都合のいい解釈しかしないのね。
昼下がりの廊下で、片膝を地面に着いて、両手を広げる様は。
求愛行動をする鳥みたい。
鳥みたいな可愛さがあったらマシだったのだけど。
「レンダー様。貴方は既にアリス・ピロウ男爵令嬢の婿になっておりますわ。それからわたくしは、未来の王太子妃であり、公爵令嬢。貴方から声をおかけになるのは許されません」
「何を……!私は王族だぞ」
ぶるぶると怒りに震え、怒鳴ってくるが、溜息しか出ない。
「そうですわね。数日前まではそうでしたけれど、今は違いますのよ、ベル男爵。婿入りまでにせめて、と国王陛下から男爵の地位を賜ったでしょう?ピロウ男爵を継いだら、返上になる爵位ですけれど」
「だが、私の身には王族の血が流れている!」
胸に手を当てて自慢げに言うが、さらに溜息が漏れる。
「そうですわね。わたくしにも王家の血は流れておりましてよ。だから珍しい事ではございませんわね。それに、大事な事をお忘れのようですけれど、貴方はもう断種されておりますので、王家の血筋を継ぐ御子は作れませんのよ?子が出来ない者は次代の王にはなれません」
「……え……だ、断種……?」
呆けた顔でレンダーが言う。
あら?
説明を聞いていないのかしら?
いえ、そんな大事な事を説明しない訳ないわ。
「ええ。確か魔法薬を下賜された筈ですけれど、説明を聞いていなかったのでして?」
「な、何故、そ……そんな事、を……」
陸に上がった魚のように苦しげに、息を喘がせるレンダーに、一抹の不憫さを感じる。
これで、夢から覚めてくれればいいけれど。
「貴方のように夢を見るからですわ。また返り咲けるのではないかと。そして、あなたに子が出来れば、そこでもまた貴方は叶わぬ夢を見るでしょう。後の禍根を残す訳にはいかぬのです」
分かりまして?と首を傾げると、レンダーの目に涙が浮かんだ。
ぼろぼろと涙が頬を伝う。
こんな風に泣く姿は初めて見るかもしれない。
私が、彼を完膚なきに叩きのめして、育てれば良かった?
そうすれば彼は違う人生を歩んだかもしれない。
けれど私は、彼の親ではないのだ。
産んでもいない子供を育てる労力は子供の私には無かった。
早々に、彼を見切って無視をした責任は私にもあるかもしれないけれど、その対価や犠牲は既に払ってきたのである。
今更、彼を憐れんで慰める程の感情は、もうない。
「それに、もう一つお忘れのご様子ですけれど、レンダー様はわたくしの事が嫌い。わたくしもレンダー様の事が嫌いと、語り合ったではありませんの。もう、何もかもが遅いのですよ」
そう。
何もかも遅い。
あの中庭での話は始まりなんかではない。
ただの切っ掛けなのだ。
崩壊寸前の堰に打ち込まれた楔。
もう何年も前から、崩壊に向かって歩み続けていたのだから。
その日を境に私は学園に行く事を止めた。
●●●
「君が通うのを止めるくらいなら、兄を辞めさせれば良かったのに」
「違いますの。時間の無駄だと思ってしまったのです」
午後の一時、シルヴェストル王太子と私は中庭の東屋でお茶を飲んでいた。
まだ初夏にもならない、涼しい風が庭園の花木を撫でていく。
「友人達と過ごすのは楽しいのだけれど、授業を受けるのならもっと知らない知識の方が宜しいですわ。貴方のまだ覚えていない言語とか、将来に役立てる知識の方が学び甲斐がありますもの」
「我が妻は、勤勉だな。それでよく、働きたくない、などと言ったものだ」
からかう様に言われて、ほんの少し頬に熱が集まる。
あの時は本当にそう思ったのだもの。
でも、横で真摯に働くシルヴェストルを見ていたら、のんびりするのに罪悪感を覚えてしまう。
「共に歩んでゆける、尊敬できる方の為ならば、身を惜しむ事はないかと存じましたの」
「……あ、ああ……」
珍しく歯切れの悪い、シルヴェストルに視線を戻すと、頬が赤い。
「すまん……まるで愛の言葉のように聞こえたんだ……」
正直に言われて、私の頬もかっと熱くなる。
きっと、目の前の彼と同じ色をしている。
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