オリゼーと第三王子シルヴェストル
オルブライト公爵令嬢、オリゼーは優雅に過ごしていた。
学校を休み始めて三日が経過している。
王子妃教育は厳しい。
学園での勉強よりも難しいので、勉学の為にというならば通う必要も無いくらいなのだ。
当然一年生のころの成績も常に上位だった。
執務が忙しくて通えない日もあったが、入学時は時間を貰ってしっかり通っていたので幸い友人達はいる。
同じクラスの友人達は、爵位に関係なく付き合っていたので、授業の内容は皆が交代で記してくれていた。
だから、仕事の為に休む事がありつつも、何とか両立してきたのだ。
だが、今後レンダーが学園に通う時間は無いだろう。
王太子の仕事を肩代わり出来る令嬢は、レンダー本人によって既に排除されてしまっている。
利用する気満々だったのに排除する動きしかしないのだから、どうしようもない。
まあ、普通は仕事優先よね。
学園に通う必要なんて本当は無いのだもの。
社交界の縮図、というのと人脈作りという点では有効だけど、そこを破綻させる馬鹿なのだから始末に負えないわ。
のんびりと寛いでいたオリゼーに、面倒くさい報告が届いた。
「王太子殿下が、至急用事があるとご訪問されております」
「あらそう。病気療養中だからお帰り願って?今後はわたくしに確認しなくて結構よ。暫く病気でいるもの」
執事は丁寧にお辞儀をすると、外へと向かった。
王都の邸宅とはいえ、公爵家は広い。
邸宅の中から門を見ることは出来ないのだが、多分馬車を下りることなく彼は元来た道を戻っただろう。
何度来ても時間の無駄だわ。
序に王妃からの手紙も届いたが、無視する事に決めている。
要約すると、愛する息子タンは甘えすぎちゃっただけなの。だから介護をしてあげて頂戴?
愛人は可愛いだけが仕事でしょう?本当の妻は貴方よ!だから私の仕事も手伝って!
である。
脳みその代わりに大鋸屑が詰まっているとしか思えない残念さだ。
そもそも王太子妃は王太子妃の仕事がある。
いざとなったら体調不良急な死去などで、王子や王妃の仕事を肩代わりする予備なのだ。
少なくともこの国では。
だから平時から仕事を回して負担をかけて、自分の負担を軽くする便利な道具扱いして良い存在ではない。
なのに、王妃も王子も自分が楽を出来る環境に甘えた。
オリゼーが苦言を呈す事なく、言われるがまま働いてきたのは、いつか手を放すつもりだったからだ。
先が見えないままだったら、気が狂っていたかもしれない。
愛されもせず、労わられもしない環境で、どうしてそんな風に身を削って働き続けていけるだろうか。
王太子として王妃として仕事を立派に行える人々だったら、そんな人達に大事にされていたら、幾らでも尽くせたのに。
そんな日は、もう来ない。
「でも、折角時間が出来たし、のんびりするのも疲れてきたわね」
明日から家庭教師を呼んで、語学や薬学等、身になる勉強をしよう、とオリゼーは起き上がって手紙を書き始めた。
数日後、突然その人は訪れた。
第三王子のシルヴェストル。
「義姉上!久しぶりだな!」
「元気そうで何よりですけれど、残念ながらもう、義姉ではなくなってよ」
残念ではない。
個人的にはとても喜ばしい事だ。
シルヴェストルもそれは分かっているようで、ニコッと笑った。
国外へ留学に出ていたシルヴェストルは、見上げるほど背が高く、逞しい。
彼が国外へと留学する際には、高位貴族の子息の幾人かが付き従い国を出るほど人望も人脈もある。
「じゃあ、オリゼー嬢と呼ぶ。ちょっと会わせたい人達も連れてきたんだ。貴方の部屋へ行っても?」
「何か話し合うのなら、父の書斎でも宜しくて?今飲み物を運ばせますわ」
「ついでに食事も頼むよ。急いで戻ったから腹が空いているんだ」
近くに居た侍女に目配せすると、心得たように侍女は小間使いに命じ、小間使いは頭を下げていそいそと厨房へと向かった。
留学の時に連れて出た側近の紹介かしら?
我が家で謀議をされるのは困るんですけれど……。
父の書斎でも二人きりになる訳にはいかないので、侍女はぴったりと私の傍に付いている。
遅れて、家令に案内されてきた二人も部屋の中に入った。
フード付きのローブを着た二人は、部屋に入るなりそのフードを上げる。
「おねえさま!」
「まあ、ロージー。貴方帝国へ行ったのではなかったの?」
抱きついてきたロージーを受け止めて、私はぎゅっと抱きしめた。
そして、隣の人物はやはり、ロージーの愛するデリック王子だ。
「どうするか迷ってたんだ」
椅子にどっかりと腰掛けたシルヴェストルが話し始める。
「デリックを帝国に亡命させるにしても、ロージーと結婚させるにしても、オルブライト家の養子に入れてからの方が都合がいいと思って引き返させたんだ。でもまあ、今はそんな悠長な話でもないと思ってな。さあどうする?国が滅ぶかどうかの選択だ」
愉しげに、何てことないようにシルヴェストルが言う。
「このまま行くとこの国は分断されて、ザイール帝国とオーレンス王国に吸収されるだろう。それはそれで別に良いと思うんだがな。民も多少混乱はするだろうが、別に戦争が起きるわけでもない」
うーん、と考えてロージーがまず意見を言う。
「要するにあの糞王子がいなければいいのでしょ?シルヴェストル殿下が王位を戴けば問題ないわ」
「面倒臭いな」
あら?私の心の声かしら?
そう思うくらい、私の心の声に近い言葉だった。
思わず私は同意する。
「ええ、面倒臭いのよね」
「でも、オリゼー嬢が結婚してくれるならやってもいい」
「えっ?」
折角王族の責務から解放されたのに、何ですって?
ロージーはわくわくした可愛い顔でこちらを見てくるけれど。
年齢から行っても、デリックとシルヴェストルは私の1つ下だから、問題ないけれど。
でも。
「王妃って、大変でしょう。わたくしもう、一生分働いたと思うのよ。だから、働きたくない」
淑女としての言葉もやめて、杜撰にそういうと、シルヴェストルは大声で笑い出した。
デリックは苦笑している。
ロージーは淑女の皮をかなぐり捨てた私に目を見開いていた。
「じゃあ、こうしよう。俺と結婚したら、どんな環境でも三食昼寝つき。最低限の外交でいい」
うーん。
魅力的な提案ね。
それに、この国が分断されてしまったら、リデイラと気軽に会えなくなってしまうのは、嫌だわ。
帝国に縁が深いロージーとも、会えなくなってしまうわね。
私の家は、オーレンス国に近しいもの。
それに、彼なら私の欲しかった物をくれるだろう。
「……兎を、飼っても良いかしら……」
「ああ。世話係が必要なら、それも用意しよう」
庭先でロージーが見せたかったと言っていた兎。
でも、忙しすぎて飼う事は出来ないし、庭を散歩しても出会う事も出来なかった。
忙しい日々の中、何となくずっと心に残っていたのだ。
ふわふわの、温かそうなあの生き物をずっと撫でてみたかった。
嬉しそうなシルヴェストルに、向き直って淑女の礼を執る。
「全てが片付いたのなら、そのお話をお受け致します」
「よし。明日だ。全て片付けよう」
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