第二章 王子の自覚 440話
三年生になって生徒会長になった俺は、とにかく忙しかった。やりたいこと、いや、やるべきことが山積みだ。騎士団の改革は成功させねばいけないし、そのために騎士コースの生徒たちの底上げと意識改革は重要。俺の周りの生徒会に入っている奴らの意識改革と教育もせねば! ああ、レイシアが手伝ってくれたら……。そうだ! レイシアの指導を見学するか! おれはドンケル先生に頼んでレイシアの担当する授業を見学しに行った。
……なんだこれは!
騎士団の実習じゃないのか? なぜパーティー?
「なあ、いつもこんなことやっているのか?」
俺は近くにいた護衛騎士役の生徒に聞いた。
「通常の訓練もしていますが、こういった実戦形式の訓練も力を入れております。たまに近衛兵の皆様も混ざることがありますよ。その時は犯人役がレイシア様とサチ様になります。分かっていても防げませんね、あの二人が組むと。お二人が護衛の時は、あっという間に制圧されますし。騎士団に指導に来てくれと懇願されていますよ」
実戦形式か。しかもパーティー。考えつかなかったな。騎士というより親衛隊の育成か。確かに有効かもしれないな。
俺がターゲットになって訓練が開始された。
散々だった。まぎれた敵に対応できない。毒殺? 毒見役が飲んだ後でも毒を盛られるのか? そんなこと想定していなかった。いくら俺が武器を持っていないとはいえ、こんなに簡単に暗殺されるとは。そうだな。敵の人数なんて分からないものな。一人捕まえて終わりじゃないんだ。なんだこの無理筋は。
三回やって三度殺された俺。これが訓練でなかったらと思うと背筋が冷たくなった。
「じゃあ、最後に私が本気でやる。敵は私一人だ。パーティーの中にいきなり乱入したらスタート。全員殺す気でかかってこい! 王子も武器を持っていいぞ」
レイシアがそう宣言すると辺りに緊張感が走った。俺のそばに練習用の剣が置かれた。これを使えって事か?
緊張の中、パーティーが再現された。
シュパパパパ!
レイシアがスプーンを何本も投げた。避けられた者は2~3人。10人程が当たったとたんに手を上げて退場した。訓練スタートだ。
敵はレイシア一人。大勢で取り押さえようと近づく生徒は、レイシアの攻撃をもろに受けた。
「うおりゃー、てめえら舐めてんじゃねーぞ! 死にてーのかボケがぁ。無策で突っ込んできやがって!」
飛び交うスプーンをトレイで防ぎながらレイシアは立ち止った。
「そうだな。すぐに終わらせたら訓練にならんよなぁ。殲滅するか」
見る間に減ってゆく生徒たち。その中でも多少見どころのある生徒は何人かいたがレイシア相手によく健闘したとしか言えない。とうとう俺一人が残された。
「久しぶりにやろうか、アルフレッド様」
レイシアが俺を誘った。
「飛び道具なしでやろう。お前も剣を取れ」
どうせこの訓練は終わりだ。だったら真向かいで正々堂々と戦いたい。俺の申し出にレイシアは応えた。
剣先を合わせた後、一旦距離を取る。一度も勝てたことがないレイシアとの対戦。今度こそ勝つ! 呼吸を整え思いっきり打ち込んだ。
「凄い!」
「鬼コーチ相手に互角?」
「レベルが違う」
生徒たちがざわめいている。当たり前だ。今まで何度戦ってきたのか。こいつと戦えるのは俺だけだ!
レイシアの攻撃を受け流しながら反撃を企てる。軽く交わされ一旦距離を取った。
「強くなったね、アルフレッド」
レイシアが嬉しそうに笑った。今呼び捨てにしたのか? 初めて名前を敬称なしで呼ばれた。
俺の口元が緩む。
「お前に勝つために死ぬ気で訓練してきたんだ。今日こそ勝たせてもらう」
剣が重なり合うたび、分かり合える気がした。ゼミが一緒になり、話す機会も増え、よそ行きの言葉遣いが減ってきたレイシア。こいつの素は嫌いじゃない。俺に対して一切気を遣わず、全力で向かってきてくれる。好敵手と書いて親友と呼べる存在。今俺は心の底から喜びが沸き上がっているんだ。
試合には負けたが、俺は満足だった。生徒たちの俺を見る目が尊敬の眼差しになっている。そんな事より、レイシアがやり切った顔をしているのが俺にとっては誇らしかった。
◇◇◇
「あなたは一人で抱え込み過ぎなのよ。人を使うことを覚えなさい」
姉が小言を言う。
「騎士団の改革だって、作家使って上手く切り込んだんでしょ。そういう風に自分だけでやろうとせず、適材適所を考えるのよ」
って言ったってイリアはレイシアの関係者だし。レイシアも基本的に協力しくれないんだよな。
「だから育てなさい! 学園祭準備は育てる方向で動いてみなさい」
姉のアドバイスをもとに、学園祭の準備を考えた。
◇
「全員の夏休みの予定を知りたい。生徒会の中で、夏休み自領に帰るものは手を上げてくれ」
俺は生徒会会員の予定を聞いた。三分の二ほどの生徒が手を上げた。一年生と二年生は大半が手を上げているな。まあ去年まで一般の生徒だったからな。ふむ。
「では手を上げたものは右側へ。そうでないものは左側に分かれてくれ。そうだな、一年生と二年生は分からないから帰るよな。お、アリアは帰らないのか。それはありがたいな」
まあ、一度は帰るのはしょうがない。夏休みは長いからな。アリアが残っているのはありがたい。一年生の代表として育って欲しいものだ。
「一年生、よく聞け。夏休みの最後の三日間は学園祭がある。知っているよな。各種ゼミの発表や、様々なサークルの発表があるんだ。生徒会はその実行委員をしている。正式な準備期間は10日前からだが、我々にはその前から下準備や調整をしなければならない。可能ならば二週間前には帰ってくるように調整してくれ」
学園祭については年間行事としてオリエンテーションで伝わっているはずだ。
「では、残っている者は夏休みの間の担当を決めようか。上級生と下級生が組んで仕事を覚えられるようにしよう。一年生はアリアだけか。ではアリアは俺につけ。学園祭でどんな準備があるか、全体を俯瞰して見てもらおう」
アリアは賢いからな。どこか一つを任せるより全体の流れをつかんでもらおう。
問題はチャーリーだな。そうだな。宰相になりたいのなら手回しの大切さを学んでもらうか。
「学園側との折衝役はチャーリー、お前にまかせよう。最近頑張っているからな。期待しているぞ。いいか、あくまで腰は低くだ。場合によっては頭を下げることも覚えてくれ。チャーリーにつけるのはディーンだ。何かあったらすぐに俺に報告するように」
腰の低さと根回し。これができるようにならないと! 威張るのができるのはそれをやり続けて立場を手に入れてからだ。それだって威張っているように見えて裏で根回ししているんだぞ。ディーン先輩、よろしくお願いします。頭下げさせて下さい! 面倒かけますがよろしく!
さすが姉が頼りにしている先輩。俺の意図を瞬時に悟ったかのように目でこたえてくれた。
俺は側近たちをほめながらその気にさせ、責任ある立場に付けていった。先輩にまかせてしまうか自分でやった方が早そうだと思いながらも、それでも待つのは俺の仕事だと割り切ろうと思っているんだよ! 頼むから成長してくれ! トラブルは起こさないでくれよ!
◇
アリアから相談があった。授業の一環でお茶会を開かないといけないそうだ。レイシアが去年同じようなことを言っていた。だから、俺も女子の授業のお茶会については少しだけ調べてみたんだ。
出来るだけお金のかからないようにアイデアを出した。そうだな、俺をゲストにしてもらえばフォローできるじゃないか。いつも頑張ってもらっているからそれくらいは協力してやってもいいんじゃないか?
一生懸命なアリアを見ていると、一年生の頃のレイシアと被って見える時があるんだよな。どこかずれていたり、他が見えなくなったり。いじめの現場を見た時は驚いたよ。レイシアほどじゃあなかったけど、あの戦う姿勢は好感持てたな。泣いたり喚いたりするんじゃなくて、自分で立ち向かおうという意志の強さ。レイシアや俺の姉のように育って欲しいものだ。爵位は低いから生徒会長は無理かもしれないが、副会長くらいになって、俺のあとを任せられる生徒になって欲しい。そのためならこれぐらいの手伝いは安いものだ。
お茶会も無事に終わったので、夕飯を御馳走することにした。土日は寮でご飯が出ないと聞いていたからな。
俺は姉から聞いた、生徒会御用達の店に連れて行った。
◇
アリアが毒見の時間を無視して料理を食べ始めた。
「アルフレッド様。あたしの本性知っていますよね。この間見られましたし」
「ああ、あれか? いじめていた令嬢相手に啖呵切っていた。それがどうした?」
「あたしは育ちが悪いんです。ずっと下町で暮らしていたんです。だから本当は口が悪いし、マナーはなっていないし、料理は熱いうちに食べたいんです。毒を怖がって冷めた料理を食べるくらいなら、おいしいものを食べて死んだ方が本望なんです。食べるのも困るような生活をしていたんだから!」
そうか。そうだよな。おいしいものはおいしく食べた方がいいよな。子爵や男爵だと毒見とかしていないのか? レイシアは子爵だし、アリアは男爵だからか?
そうだよな。急に来た店でわざわざ毒を盛られるなんてないよな。少なくとも即効性の毒は入っていないし。
温かいものは温かいうちに。そうだな。その通りだ。
「俺もな、料理は温かいうちに食べた方がいいと常々思っていたんだ。予定外に来た店で毒を盛られるなんてあるわけないよな。何を怖がっていたんだ俺は。常識にとらわれ過ぎていた。ありがとうアリア。やはり温かいまま食べる食事は最高だな」
おう! とろけたチーズなんて初めて食べた。なんてうまいんだ。今度レイシアにチーズを使った料理をリクエストしよう。
「アリア、やはり君は素敵だ」
なんかアリアがひどいこと言っているが、そんなことはどうでもいい! 温かい料理を気を使わない人と食べる。シャルドネゼミでしかできない事が、ここでなら、アリアの前ならできる。
またアリアを誘おってここに来よう。今度はもっと熱いうちに食べ始めよう、アリア。
◇
遅くなったので馬車で送ることにした。遠慮されたがなにかあったらまずいだろう。寮の前は嫌だというので、少し先で下ろす約束をして馬車に乗ってもらった。
レイシアと違って、アリアは何と言うか守ってあげたくなるんだよな。いつもどこか寂しそうな顔をして……。年下だからか? 向かい合って座っているアリアに何を伝えたらいいんだろう。
何も話せずに目的地にまで着いてしまった。俺は先に降りてアリアに手を差し伸べた。アリアは驚いたような顔をしたが俺の手をしっかりと取ってくれた。
可愛らしい小さな手なのに、所どころ荒れている。剣を握っているわけでもないのに。苦労している手だ。
別れの挨拶をかわしたがなにか不安げな顔をしている。大丈夫だろうか。
「なにか心配ごとでもあるのか、アリア」
「え? 何もないです」
何もないって顔じゃないだろ。俺に言えない事か? そんなに頼りにならないと思われているのか? 俺は思わず語気を強めて言った。
「どうしたんだ、俯いたりして。俺はアリアを気に入っているんだ。俺は君のためにどんなことでもしてあげたい。どうか俺だけを頼って欲しい」
アリアが黙ってしまった。……えっ、俺なんて言った? どうか俺だけを頼って欲しい? 待て! これって独占欲丸出しの愛の告白じゃないか! イリアの小説を読まされた時の主役の告白のセリフ。頭の中に残っていたそのまんまを俺は言ったのか! あ~、困っているよ。そりゃそうだよな。いきなり愛の告白って。そういう意味じゃなかったんだ! 本当に心配して言っただけで! 下心? そんなものない! ないよな? ないはず……。
俺が訂正しようとした時、「ありがとうございます」と微笑みながらアリアが言った。
え? ありがとうございます? 受け入れられたのか? だって……、えええええ!
「アリアが寮に入るまで見届ける」 そう言ってその場で立ちすくんだ。
◇
チャーリーとかが馬鹿話をしているのを聞いたことがある。学生のうちに何人もの女と付き合わないと損だとかなんとか。
立場のあるものは婚約者をあてがわれる。この国の制度というか先祖のおかげで王族は18歳、学園卒業までは婚約をしないのだが、大抵は内定しているのが実情。俺にはいくつもの婚約話が来ているが、国を守る王妃としての実力があるものがいなさ過ぎた。最終的には姉の側近が候補に上がるのだろうが、今は姉が許さない。
「あなたが学園で見つけて育てればいいのよ」
そんな風に言われる。学園で「この人が」という女性を見つけられたら自分で決めることもできるという建前はあるのだが、なかなかそうはいかないらしい。
だから高位貴族は学園で付き合ったり別れたり、恋人ごっこをするらしい。
俺には分からない。浮気や遊びで女性を軽く扱うなどできない。姉の影響だろうか? 「女性も尊厳ある人間だからね。甘く見ない事よ」と言われ続けたからな。
そうか。「ありがとうございます」。アリアは俺を受け入れてくれたのか。
しかしだ。おれは王太子。やがてこの国を継ぐ者。アリアは王妃になる覚悟があるのか?
それとも他の女子のように、一時の恋人ごっことして受け入れたのか?
もしそうだとしても、俺は真摯に付き合おう。その、なんだ……キスとかイチャイチャとかしないように節制する。卒業まで手は出さない。清く正しい交際をしよう。
俺はアリアを大切にする。いつもそばで見守っていよう。
アリアが寮に入るのを見届けて、俺は馬車に乗った。
一人の馬車の席。さっきまでアリアが向かいに座っていた座席を見ながら、なぜかアリアではなく、レイシアの顔を思い出していた。
――――ああそうか。俺の初恋はレイシアだったのか。
いまさら気がついてもどうしようもない。どのみち叶わぬ恋だ。この思いは秘めておこう。誰にも気づかれないように。
俺を受け入れてくれたアリアを幸せにする。たとえ結ばれることがないとしても。
俺の気持ちに応えてくれたアリア。大切に守っていくよ。俺は光の女神ルミエルに誓った。
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