第一章 王女の情報収集 430話

 弟の金色の髪があり得ない程輝き、サラサラと風にたなびいている。あんなに短いのに?


「何があったのかしら? どうしたらそんな髪になるのかな、アルフレッド」


 弟の顔色が変わる。何? 教えてくれないの? まさかね。


「ゼミの仲間が開発した頭髪洗浄剤を使ったらこうなっただけだよ。まだ完成品じゃないらしいから、モニターとして参加させられただけだ。使い切ったからもうないです」


 ゼミ? シャルドネゼミよね。今は4人しかいないはずだから……確か一人は音楽関係だったから残る二人のうちのどちらかね。


「レイシアさんでしたっけ。あなたの同期って」


 弟よ分かりやすいな。王族がそれでどうするの。こんな鎌をかけるほどのこともない会話でバレバレになるようじゃ、先が思いやられるわね。


「あまり評判の良くない生徒ですよね」


 新入生のテストで最高点を取った奨学生の子爵令嬢。成績が良いので当然のごとく私は調べたわ。平民になるからと冒険者や商人の平民コースを受けると聞いて、呼び出す前に見に行ったのだけれど。思い出すのも嫌な経験だったわ。


 それでも、二年生になって貴族コースを受けると聞いてマナーが身に付くのかと思っていたんだけど……。周りの生徒の評判では『悪役令嬢』との低評価。友達もいないみたいだし、変わり者のシャルドネゼミに入ったから放置していたけど。だって、私好みの才能ある生徒だったら、シャルドネ先生が情報を流してくれるはずですし。


「そういえば、レイシアさんにあなたが取り込まれているのでは、という噂が立っておりましたけど? ダンスの授業でレイシアさんとばかり踊っていたとか」


「あれは! レイシアが嫌われているからあぶれていただけだ。俺はあくまでコーチング・スチューデントの立場で、あぶれた人間としか踊っていない。結果的にいつもあぶれていたのがレイシアだっただけだ」


「そうなの? そんなに嫌われている人なのね」


 いくら成績が良くても、人間関係も円滑にできないのであれば無用だわ。近づかなくて正解だった。


「まあいいわ。あなたの髪をそこまでした洗浄剤、とても興味深いわね。なんでしたら金貨1枚で買い上げてもいいわ。譲ってもらってきて下さいね、アルフレッド」


 私の髪もあれくらいさらさらに光り輝くのかしら。もしそうなら、全ての女性の福音になるわ。そう思っていたのに……。


 弟は『頭髪洗浄剤』を手に入れられなかった。理由が、忙しいから今は作れない? 私が欲しいと言っているのに。王太子の弟が頼んでいるのに!


 非常識にも程があるわ。こんな案件、喜んで献上するものでしょう? 

「まあレイシアだから」ってそういう問題じゃないの、アルフレッド! あなたシャルドネゼミでおかしな影響を受けまくっているんじゃないの? そうね。じゃあそのレイシアさんに貴族の常識を教えてあげましょう。でもその前に正しい情報を手に入れなくては。相手を知らなくては計画も立てられないわ。アルフレッドの情報じゃ不足している。


 仕方がない。私はシャルドネ先生の研究室を訪ねた。



「久しぶりね、キャロライナ。ここに来るなんて珍しいわね。どうしました?」


「お久しぶりです大叔母様」


 普段は先生か叔母様と言っているけど、今日は本気で対応するため、正しい関係の大叔母様と呼びかけた。


「おや、生徒として来たのではないの? なにが欲しいのかしら?」


「弟の周りの情報ですわ。ずいぶん面白い子を飼っておられるようですが」


 「ふふふふふ」、と笑い合った。私の持ち込んだテーマは伝わったようだ。


 叔母さまはメイドを呼びお茶を入れさせた。

 お茶を飲みながら探り合いの談笑が始まる。始めは学園についての割とどうでもいい話から始めたのだが、やがて話はアルフレッドの話題になった。


「弟がお世話になっておりますこと、いつも羨ましく思っていますの。私もシャルドネゼミに入りたかった事はご存じでしたよね」


「あら、あなたに私の力は必要ないでしょ。いつもあなたのレポートに目を通していますよ。私の所に来ても同じことをやっていたでしょうね」


「そうですね。私のライフワークですから」


「だから私のゼミではなく、社交を中心としたゼミに決めさせたのよ。周りのご令嬢にあなたの思想を教えるのに手っ取り早いでしょう?」


 私のライフワークは女性の立場の向上と社会進出。叔母さまにそれを伝え申し込んだら、他のゼミに行くように勧められた。「あなたが研究するだけでは賛同者が現れない。ただの自己満足で終わる」、と言われたわ。

社交を通じて同じ考えを持てる人材を作るように提言されたから私は最高位の者が集まる社交中心のゼミに入った。私に感化され一緒に歩んでいけそうな仲間もできた。叔母さまのおかげだ。


「それでも、先生に師事したかったのですわ。弟が羨ましい」


 それでも……本心がもれた。


「あの子はまだまだ実力が足りないですから」

「それだけじゃないですよね」


 おばさまの口元が上がった。


「ふふ。何が聞きたいの?」


 もういいわ。ストレートに聞きましょう。


「レイシア・ターナーについてですわ。単なるあぶれ者かと思いましたが、それだけでは先生はゼミ生にしないでしょう? だけど私に入ってくる情報は評価の低いものばかり。おかしいですよね。先生が、いえ、叔母さまが私に情報を与えないことが。王太子の隣で好き勝手やっている子爵令嬢。良くても悪くても、アルフレッドの姉で生徒会長だった私に報告するはずですよね」


 叔母さまは笑みを深め、私を見つめた。大きくため息を吐くと、白状するようにつぶやいた。


「彼女はね、規格外なの。学園長も扱いに困っているわ。あの子は学園長の希望の星になるかもしれないですし、騒動を起こすだけの子かもしれない。まあ、私は面白がっているだけですけどね」


 なに? こんな叔母様見たことがない。


「私、弟を使ってレイシアさんに頭髪洗浄剤を譲っていただくようにお願いしたのですが、無碍なご返事しか頂けませんでしたわ」


「レイシアらしいわね……」


 えっ、それで終わり?


「ですから、お茶会に招こうかと思っておりますの。私のお友達にもご紹介して親交を深めればお譲り頂けるかと思いまして」


「まあ怖い。そうね、あなたも巻き込まれたいのかしら。知らなくていいこともあるって言葉、知っているわよね」


 叔母さまはお茶のおかわりを指示した。お茶受けにクッキーが出てきた。


「これは! サクランボジャムのクッキーですね。私大好きなのです。中々手に入らないはずなのですが」


「これを作ったのはレイシアよ。貴族社会より平民街の方が手に入りやすいわ。それも安くね」


 なんですって。なぜ平民街? こんな高級な幻のお菓子が。


「彼女はね、平民街でお店を経営しているの。従業員も客も全て女性だけの喫茶店。うそみたいに儲かっているらしいわ」


 女性だけの喫茶店を経営している? どういうこと?


「その喫茶店に季節限定で売っているらしいの。他にはそこに卸している商会が扱っているとか言っていたわね」


 理解できない。叔母さま、何を言っているのですか?


「あなたの立場では、女性の社会進出と言っても高位の貴族の問題よね。レイシアは平民の女性の社会進出を、もうすでに実践しているの。それも無自覚でね」


 もうすでに実践して……、いる?


「あなたが知っていたら興味を持って取り込んだでしょう? 生徒会に入れたかしら。手に負えないおもちゃはね、使いきれずに死蔵するの。自由にさせておくのが一番よ。だから情報を流さなかったのよ」


 何を言っているのか理解したくない。


「まあ、毎回出てくる報告に頭抱えるんだけどね」


「……私がやりたいことをすでに実践していると?」


「そうとも言えなくはないけど、全く違うとも言えるわ。平民の女性は働くのが当たり前だから。環境をよくしただけとも言えるわね。それでも画期的な事なのだけれど。あなたのやりたいことは貴族女性の社会進出でしょ? 社交だけでとどまらない女性の生き方改革。超えるべき壁が多すぎる苦難の道よ」


 私は叔母さまを見つめた。女性としての私の理想。私の憧れ。公爵家に生まれながら嫁ぐことを拒否し、学園の先生として後進を育て研究を進める。ご自分でいくつもの特許を取っているから、実家からの資金援助もなくとも自由に振舞っている。才能を開花できる数少ない女性。叔母さまのように私は生きたい。その道を学園にいる間に探している。貴族女性として、国王の娘として。やるべき責任を抱えながら。


 レイシアさんは、子爵の令嬢という立場と責任をどう考えているのよ。叔母さまと同じく放り出す気なの? 私がやりたくてもできない自由を取ろうというの?


「まあ、お茶会で教育をしたところで、貴族社会に属そうとしない彼女にはダメージはないわね。他にやるべきことがあるのだから。それよりも何をしでかすのか距離を見極めながら見ていた方が楽しいわよ。あなたの周りには絶対にいないタイプだから」


 叔母さまがそこまで言うの? 羨ましさで嫉妬してしまいそうよ。


「他に何か隠していることはございませんの?」


「本人から聞き出せればいいわね」


 何か隠している。ここで言えないこと?

 聞き出すには……。そうね、お茶会は招待客では駄目ね。爵位が低すぎて話を回せないわ。


 叔母さまにここまで認められた女性として扱いましょう。私がそうありたかったポジションにいるレイシアさん。いいわ、お茶会では自由に振舞えるポジションを作ってあげる。


「叔母さま。レイシアの身元保証人代わりとして、お茶会にご参加頂けませんこと?」


「あら? 何をするつもりかしら」


「レイシアさんをゲストで招待いたしますわ。私がレイシアさんの話を聞くためにはそれが一番ですわよね。子爵でしかないレイシアさんに、発言と発表の場を与えましょう」


「私は社交が嫌いなの。知っていますよね」


「もちろんですわ。でも出席しますわ。当日までレイシアさんに教えないで下さいね。入れ知恵も無しですよ」


 私達は「おほほほほ」と嘘くさい笑いを返しあった。叔母さまは絶対に参加するわ。レイシアさんのためではなく私のために。


 これは叔母さま、いえ、シャルドネ先生から私への課題。


 レイシアさんから何を引き出し、どう付き合っていくのかを試されている。

 一筋縄ではいかなくなったお茶会の計画を練り直さなきゃ。


 私は私専用の更衣室に付随している学習室に戻り、招待状を書き始めた。

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