第三部
第一章 閑話 生徒会長の心配 290話
「あなた、また負けたの? 先生から
目の前の弟を見る。悔しそうな顔をしても駄目よ。負けは負け。ミスはミス。
王族たるもの努力を惜しまず結果を出さないと。ええ、あなたは努力している。それは認めましょう。そして、自分より有能なものがいれば認めて自分の配下として登用すればいいのよ。……普通はね。
なんであの子に負けるのよ! 奨学生の子爵令嬢よ! いいえ、死神のメイドアサシンよ! あの血塗られた体育館。嫌な思い出が脳裏をよぎった。
……あの子だけは無理。しかもビジネス作法の授業で袖の下を渡そうとする子よ。ありえない! きっとずる賢くて残酷な、貴族としても平民としても最悪な人物に育つのよ! なぜあんな子に負けるのよ!
「いや、そこまでおかしなヤツじゃないですよ。
「いや、おかしいでしょう! あの子がおかしくないとでも? 普通なの!」
「普通かと言われると。おかしいとしかいえないが」
「でしょう! おかしいじゃない」
「あなたの学年、成績悪すぎじゃない? Aクラスはあなた達2人がパスしたら開設されないんでしょ。今年はともかく来年あなた達は3年生。本格的に生徒会に参入するのよ。あなたと同じ程度の仕事ができるのが、例のあの子だけ。でもアレは入れられないわ。あんな非常識の塊は」
私の言葉に不満があるのかしら?
「それでも、他の生徒に比べたらスペックがあり余っているんですよ」
確かにそうね。あなたが負けたほどだからね。
「で、なんでミスしたの? あれだけ鍛えたのに」
「……昼食が」
「ランチ? 食堂で何かあったの?」
「いえ。教室で……」
「教室? 出張させたの?」
「いえ……その」
はっきり言いなさいよ! 何があったのよ。
「昼食を貰って」
「誰に」
「レイシア。その……ヤツに」
「あんたねえ。毒でも盛られたの! それならミスしたのも分かるけど、処罰対象ね」
はあ。なんであんたが貧乏人から食事を施されているのよ。一緒に食べたいのならあなたが
「温かかったんだ」
「は?」
「食事が温かかった」
何言っているの、この子。
「それが?」
「温かい食事がどれほどおいしいものか知ってる?」
食事が温かい? 何? どういうこと?
「食事は冷たいものよ。毒見のために何人もの下働きが犠牲になって来たのか。歴史を学んでないの?」
「今はそんな事件は起きてないだろ」
確かに。この数十年、私たちが生まれるだいぶ前から事件など起きたことがないわね。いいえ、だからと言って気を緩めてもいいものではないわ。
「温かいスープ。ふわふわのパン」
夢見るような顔でつぶやいている弟。なにその呪文。大丈夫なのか?
「あまりの美味さと、自分の立場に
どうゆうこと? どうして? 食事で? あなたいつでも高級な、最高の食事ができるじゃない?
「確かにスープはボアの肉とありふれた野菜のあっさりしたものだった。しかし、その
はい?
「俺がどれほど感動し、動揺してしまったのか。おかげで午後の試験は心がざわめいたままで受けることになった。おかげで単純なミスを犯してしまったんだよ! あの昼食さえなければ……俺は・・・!」
おいおい。そんなに机を叩いて悔しがらなくても。
「つまりあんたは、ランチ用の食事をライバルである貧乏な奨学生のレイシアという少女から恵んでもらい、その味と温かさに感動して動揺し、試験でミスを犯した。そういうこと? 最低じゃない、負け方!」
何やっているのよ、この子。状況が分かっても意味が分かんないわ。
「姉さんも食べれば分かる!」
「食べないわよ! ちゃんとお返しはしたの? 王族ともあろうものが貰いっぱなしでは駄目よ」
「ああ。お返しに昼食を返した。一番高いコース」
そこはちゃんと分かっているのね。よかった。私が出なくてすんだわ。
「そこでまた、料理を温めてもらった」
は? 料理を温める?
「彼女は俺にとって必要な人間だ。彼女を手に入れたい」
ちょっと待った――――! なに? この子、恋でもしているの? あの子よあの子。死神メイドアサシン! 血塗られた恐怖の商人よ!
ぽけーとした顔の弟に喝を入れなきゃ。
「いい、あなたがやらなきゃいけないのは、来年までに生徒会であなたの補佐を出来る人間を育てる事よ。ランチごときにうつつを抜かしているんじゃないわよ! あなた達の学年成績悪いんだから。誰かいないの? 役に立ちそうな人材。ほら、最初の頃付いていたチャーリーは?」
「あれは馬鹿だ。未だCクラスギリギリ」
「宰相の息子よ、チャーリー」
「そうなんだよ。志が低すぎるから側近から外した」
「あなたねえ……。外すんじゃなくて育てないと」
「クラスも違うのにどうしろと。同じクラスであれば引き上げることも出来るのだが」
はあー。厳しく育てすぎた弊害がこんなところに。自分に厳しく他人にも厳しいのね。それが育てるじゃなく、切り捨てる方に向かったか。
「同じ育てるなら、レイシアを貴族らしく育てる方が見込みはある」
だからアレはダメだって! ああ。思い出すわ、あの惨状。
「どうでもいいけど、一人の女にご執心などと噂を流されないように。あんたは、ゆくゆくはこの国の頂点に立つ男よ。きちんとした身分の女性を自分好みに育てるならそれはOKだけど周りが納得できるお嬢さんじゃなきゃ。側近にしても役に立たないなら役に立つように育てなさい。結局苦労するのはあなたなんだからね。いい、今年一年、どんな手を使ってもいいから伯爵以上の人間を育てる事。いいわね!」
弟は不満そうな顔をしながらも頷いて生徒会室から出て行った。
宰相にはお父様を通じて言っておかなければ駄目ね。他のめぼしい婚約者候補のお父様方にも。
2年生の成績一覧を見ながら、私は大きなため息をつくしかなかった。
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