第2話 もめごとのはじまり

もめごとのきっかけは1964年4月2日、三代目山口組(田岡一雄組長)の直参である矢嶋長次(28歳)率いる矢嶋組が、愛媛県松山市大手町の大陸ビルの一部屋を「八木保」という人物の名義で借りたことから始まる。


矢嶋組は、電通局の下請業者として協同電設株式会社を設立し、電気工事事業を始めようとしたのだ。


だが松山市内の同事業はそれまで地元暴力団である郷田会が牛耳っていたために、山口組二次団体である矢嶋組の参入は同会にとって縄張り荒らしも同然の行為であって面白いわけはなく、軋轢が生じ始めていた。


ちなみに郷田会は、関西を舞台として当時まだ山口組と対等に張り合うことができた広域暴力団・本多会の二次団体である。

全体的な勢力は山口組の方が上ではあったが、地元神戸市においては本多会の方が組員数が多かった。


巨大組織をバックにする両者が衝突する事態になったのは、矢嶋組が協同電設株式会社を設立した2か月後の6月。


6月2日に、矢嶋組は再び「八木保」の名義で東雲ビルと入居契約をし、同3階を借りて事務所としたのだが、この東雲ビルこそがその後の銃撃戦の舞台となる。


そして、三日後の6月5日に最初の事件が起きた。


同日の夜11時ごろ松山市内のバーで矢嶋組組員・末崎康雄(30歳)とその舎弟の門田晃(19歳)が酒を飲んでいたのだが、そのバーのママは矢嶋組と一瞬即発になっていた郷田会の会長と関係の深い女。


郷田会の息がかかった店であることを自認するママは、敵対組織の手下が自分の店に来たことを訝って「矢嶋組の若いモンが来とる」と郷田会の事務所に連絡、いきり立った郷田会の組員・野中義人(20歳)ら数人がバーに殺到した。


肩を怒らせてバーにやって来た野中たちは、末崎ら二人を見るなり怒り狂った。


「わりゃ、この前ウチに客分に来とったモンやないかい!!」


末崎たちは、ついこないだまで自分たちの郷田会事務所に出入りしていたチンピラであり、ゆくゆくはこちらの身内となるはずだったのに、敵である矢嶋組のバッチをつけていたからだ。


「こん裏切りモンが!ちょっとツラ貸さんかい!」

「なんや!われら!ぐほっ」


郷田会のヤクザたちは、末崎と門田をタコ殴りにしながら拉致。


途中、末崎は舎弟の門田を置いて逃げ、取り残された門田はさんざん暴行を加えられて拳銃で銃撃までされてしまった(拳銃が粗悪な模造銃だったためにさほど威力はなかった)。


翌6月6日、矢嶋組の側は一応この件について市内の喫茶店で郷田会幹部と話し合ったが、「ウチの若いモンやった奴出せや」だの強硬だったために、物別れに終わる。


すでに矢嶋組の方でははなっから手打ちにする気などない。

組員一同昨晩の事件について話し合った結果、「ウチにケンカを売っている」ということで、意見がすぐに一致していたのだ。


ヤクザ者同士が話し合いで決着しないなら、どう決着をつければよいかは決まっている。


同日のうちに矢嶋組組長の矢嶋長次は戦争の準備を命じ、事務所となっている東雲ビル3階にきっかけを作った末崎をはじめ銃器を持った組員たちを待機させた。

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