第3話 プロレスでやる意味ってある?

「ありません!」


「言わんでもええでしょ」


プロレス団体『土佐海援隊』のyoutubeチャンネル。

ゲストに関西芸人のカバオジ。社長の坂崎紫瀾の方から大阪へ出向き、スタジオを借りて撮影をしている。大柄のつるっぱげの男と、腹が膨れた中年男性というむさいツーショットだ。


冒頭、そもそも地域おこしというものをプロレスでやる意味とは、と聞かれた坂崎がきっぱりと言ったのだ。


「プロレスで地域おこし? はあ? そんなの馬鹿のやることですよ」


「自己否定から始めるタイプのメンヘラ?」


「格闘技なんてやってるのは大概メンヘラですよ(諸説あり)。真っ当に地域おこしをするってんなら、企業に土下座して工場誘致してもらうべきです」


「農業やったり、カフェや店をやったりとかは駄目なんですか?」


「同じ広さの土地で農業とカフェと工場、どれが一番多くの人の食い扶持になると思います?」


議論の余地はなく、工場である。


「東京のメディアが田舎に訪れて『こんなに広い土地を一人で世話してるんですか』なんていうのあるじゃないですか」


「まあ定番やね」


「それって、そんな広い土地でも一世帯の食い扶持しかないってことなんですよ。農業だと。最近は儲かる農業だとかスマート農業だとか話題に出ますけど、全然足りません。もちろん、助けにはなりますからバリバリ進めてくべきですけどね」


「大前提として、農業は地域おこしには向かないと?」


「そうです。もちろん、プロレスも。ですけど、カバオジさん、一つ質問させてください。四国に、野球の独立リーグがあるって知ってますよね」


「ええ、知ってます」


別に珍しいものではない。他の地方にもある。

一般的に想像するプロ野球――NPBの選手たちと比べると技術も低いし、給料も安かった。

そうなると、当然だが客の数も少なかった。


「でもね、大谷翔平が登板するってなったらどうなります?」


「…………そりゃ、大勢くるよ。客が。人気あるからね。でも、ドラゴンマンは大谷翔平じゃあないよね」


坂崎は肯定した。


「ええ、大谷翔平がああも人気になったのは、活躍したからです。プロ野球とメジャーで」


「ドラゴンマンは、例えるなら地方リーグで大活躍してるだけ。じゃあどうするんです」


「ドラゴンマンを外に連れ出します」


そこで坂崎は一枚のポスターを取り出した。

体を鍛えた半裸の男たちが映っている、格闘大会のポスターだ。端っこのほうにドラゴンマンも映っている。


「四月二十日に開催される大江戸プロレス主催、ワンデイトーナメント『SHINGEKI』にドラゴンマンの出場が決定しました!」


「――――優勝賞金一億円ってあるけど?」


「はい! うちから出しました! 協賛:土佐海援隊とあるでしょう?」


「おっ、ほんとだ」


この『SHINGEKI』という格闘大会、テレビ放映されるようなメジャーなものではないが、地下格闘技のような半分素人が集まるものでもない。

どの選手もプロであった。曲がりなりにも素人なんていやしない。


それぞれの選手に何勝何敗、◯◯トーナメント制覇などという経歴が記されてある。

唯一、ドラゴンマンにだけはそういう経歴はなく、特別推薦と書かれているだけだった。


カバオジは腕を組んで首を傾げ、意を決したように尋ねた。


「社長、あえて聞きます。ブチ切れるかもしれませんが、これだけは聞かなくちゃなりませんので」


「いいですよ。なんですか?」


「八百長ですか?」


あってしかるべき疑念である。

外部団体の、それも純粋な格闘技を謳っているイベントであるが、土佐海援隊は一億円をそこにぶっこんでいるのだ。もしドラゴンマンが負けてしまったら破産だ。

これで疑るなというのは不可能だ。


坂崎は怒りもせず、ニンマリと笑った。


「そうですね。もし、ドラゴンマンが優勝してしまったら、八百長と思われても仕方ありません」


「しまったら?」


「ええ。もしドラゴンマンが優勝してしまったら、他のすべての選手がお金に負けたって不名誉な称号を持っちゃいますねえ」


カバオジが顔をひきつらせる。


「社長、性格が悪いです」


選手たちの中に、修斗や柔術、総合格闘、あるいはプロレスの出身がいる。

世間的に有名な選手はいなくとも実力者ばかりだ。

真っ当に格闘技の道を歩んできた。自分を鍛え、仲間たちとともに切磋琢磨し、挫折も乗り越えてきた。


そこに、八百長に応じたかもなあんて泥をぶつけるのだ。


「質問なんですけど、あの、ドラゴンマンはどんな心境なんですか? 普通嫌じゃないです?」


「恨まれそうって言ってますよ。はっはっは」


「ドラゴンマン、よそに移籍したほうがいいよ」


   ◯


格闘大会『SHINGEKI』開催当日。

会場となるイベントホールの控え室は出場選手とその関係者でごった返していた。

土佐海援隊が出した一億円という破格の優勝賞金で、否が応でも色めき立ってしまっている。ストレッチやウォーミングアップをしていても、どこか落ち着きがなかった。


例外は一人だけである。

壁際で股割りをしながらスマホで動画を見つめている男だ。

太い男だった。脂肪はない。筋肉だけを膨らませていた。

首周りも肩周りも太い。短く切った黒髪も太い。ムスッとした表情も合わさって、さながら熊のような男だった。


鈴木忠治。大江戸プロレス所属の二十二歳。

今回、自分から希望してこの大会に出場することとなった。


股割りを終えて、上半身、肩のストレッチをしていると、壮年の太った男が話しかけてきた。


「緊張してないようでなによりだ」


坊主頭で、色白の男だった。よくよく見るとその顔のあちこちに傷跡がある。長袖のシャツとズボンだったが、その下にも多く傷があるだろう。

大江戸プロレスでコーチをやっている大久保という男だ。忠治のセコンドとして入っている。


「それ、例のやつの動画か?」


「ええ。ドラゴンマンがボクサーをボコボコにしたやつっす。……坂崎さん、本当にセンスないっすね。口にするのもちょっと恥ずかしいんですけど」


「単純で覚えやすいから悪くない。どんな名前だっけってなるよりはるかにいい」


「それは確かに」


忠治と大久保が話しているとおり、大江戸プロレスはかつて坂崎が所属していた団体だ。

ここで活躍した後にアメリカに渡り、その後、四国の高知県で団体を設立した。


「俺、あの人に憧れてたんですよね。パワフルで豪快で、会場全体を走り回って大暴れしてて、おもしろかったなあ」


「アドリブが多くて困りもんだったよ」


大久保は懐かしんで笑っていたが、すぐに顔を引き締めた。


「忠治、社長からの命令だ。一億もぎとってこいだと」


「もとよりそのつもりっす」


こくっと小さく頷いた。

ちょうどそのとき、控え室にあるモニターに試合が映し出された。


このワンデイトーナメントの一回戦第一試合、ドラゴンマンの試合である。

土佐海援隊のチャンネルで見たままの男だった。

身体は仕上がっているが、顔には覇気がない。お菓子の楽園からいきなりこんな鉄火場に放り込まれたような小動物っぽく、おどおどしている。六角形のケージが本物の檻にしか見えない。


相手は逆に興奮していた。

キックボクシング出身の松山。主に打撃を使う選手だが寝技でも闘える。

ヤンチャな性格で、ゴング前の立ち会いでゴリゴリ額を押し付けている。八百長疑惑なんて挑発もあったからだろう。ドラゴンマンは困った顔をするだけだ。


「あれで本当に強いのか、まだ信じられんな」


大久保がつぶやくが、鈴木も、控室にいる他の選手たちも同じ思いだ。


レフェリーが二人を下がらせ、ゴングが鳴った。


松山はステップを踏んで、一気に距離を詰めた。

そして、挨拶代わりの左フックを振った。

当たれば強烈だったが、すっとドラゴンマンは下がってかわした。


松山は追いかけようとして右の拳を振りかぶり――――すっ転んだ。


「はあ?」


大久保が呆れたような声を出した。

興奮しすぎて身体が追いつかなかったと思ったのだろう。

しかし、そうではない。

少しして、大久保もただ転んだのではないと気づいた。


なにせ、松山が立ち上がれなくなっているのだ。


『ワン! ツー! スリー!』


カウントが始まった。

会場はざわついている。控え室も困惑が広がっていた。


大久保が言った。


「忠治、見えていたか?」


「見えてはいましたよ。威力までは、想像できませんでしたけど」


カウント8で松山が立ち上がった。

ファイティングポーズを取っていて、まだ闘えると主張している。

レフェリーも続行を判断し、試合が再開されたが、松山は前に進むことができなくなっていた。


忠治は無理だと言った。


「実力差がえぐすぎる。離れ際のカーフキック一発ですよ」


カーフキックはローキックの一種である。

特に、ふくらはぎを狙った蹴りのことをいう。


ふくらはぎは太もものように分厚い肉がなく、神経も集中している。

そのため、痛い。無茶苦茶に痛い。痺れで動けなくなったりもする。

効果がありすぎて一部の団体では禁止しているところもあるほどだ。


それでもと、大久保が言った。


「曲がりなりにもプロが一瞬でああもなるか?」


「なってしまってるからしょうがないじゃないですか」


松山が立っているのは意地でしかない。秒殺KOなんて恥だ。

ふらつきながらも彼は前に進んだ。


すると、今度はミドルキックが炸裂する。

ガードの上からだったのでなんとかこらえたが、松山の動きが止まった。


「大久保さん、あれ、どう思います」


「……手加減したな」


「ですよね」


こんなもの試合じゃない。

残虐ショーだ。


「最初のカーフでダウンしたとき、見間違いじゃなかったようっす。ドラゴンマン、青ざめてたんすよ」


「ダウンさせたのにか」


「やりすぎてしまった……。そんな顔でした」


試合はゆっくりと進む。

松山はカーフキックとミドルキック、この二つで前に出れなくなってしまった。

ちまちまジャブとストレートで牽制して、ふっとドラゴンマンが踏み込もうものなら飛び上がるように逃げていく。


これで1Rが終わる。


2Rが始まっても、松山は前に出れなかった。

ドラゴンマンはもう遠慮はしないと突っ込んだ。

松山は前蹴りで止めようとしたが、ドラゴンマンはするりと抜けて、脇腹にフックを叩き込む。


何度も、何度も何度も叩き込み、松山の身体がくの字に折れても止めなかった。

ついにセコンドがタオルを投げ込んだので試合は終了。ドラゴンマンの圧勝に終わる。


松山は頭を打っていないから後遺症はない。すぐに試合ができる。

まだ、格闘技を続ける意志があればの話だが。

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