将軍とヒナタ その5

 ひとしきり笑った後で、ゴルは言う。


「よし。では、ヒナタよ。拙者からもひとつ教えるでござるよ。次にヒナタのご両親が喧嘩をしたら、ヒナタはこう言ってやるでござる」


「うん」


「愚か者めが、子は宝と心得よ! 宝の面倒をどちらが見るかで、喧嘩をする親がどこにいる!? 祖母殿が亡くなられた今、子を守るは己たちのみぞ! しゃんとせい!」


「えー! そんなにながいの、ヒィちゃんむつかしいよぉ!」


「難しくても、覚えるのだ。お主の両親には、一度ガツンと言ってやる必要がある! 誰かに言われなければ、間違いには気づけぬからな。拙者と同じでござる」


「う、うん……。わかった。パパとママのためなら、ヒィちゃん、がんばっておぼえるね」


「よしよし、いい子でござるな。では、拙者と一緒に練習しよう。ゆっくりいくでござるぞ? 愚か者めが、子は宝と心得よ」


「おろかものめが、こは、たからと……こころえ……こころえ、よ」


 十五分ほど練習し、ヒナタはどうにか口上を覚えた。

 途中、つっかえつっかえしながらもセリフを言い終えたヒナタに、ゴルは拍手をして称賛の声を上げる。


「よくやったでござるぞ、ヒナタ! がんばったでござる! 流石でござる! 偉いでござる! 賢い子でござる!」


「う、うん……。ありがと、おじちゃん」


「む。どうした、ヒナタよ? いや、そうか。眠いのでござるな?」


「うん……。ヒィちゃん、おねむだよ……。こんなによるまでおきてるの、はじめてだから」


夜更よふけでござる。子供は、とうに寝る時間でござるからな」


「……ねえ、おじちゃん。また、いっしょにおはなしできるかな……?」


「さて、どうであろう? 如何なる力が我らの声を結んだのか、拙者には皆目見当もつかぬ」


「そっか。……ヒィちゃん、おじちゃんとおはなしできなくなるの、サビシイな」


「なぁに、寂しがることはない。ヒナタよ。天の国がどのような場所か、もうわかったであろう? できるだけ、遅くに行くのだぞ!」


「うん……おじちゃんも、ブカさんとナカナオシね。……おやすみなさい……おじちゃん」


「うむ。おやすみ。さらばだ、ヒナタよ。そして、かたじけない。ありがとう!」


 受話器からプツリと小さな音が鳴り、それきり沈黙してしまった。 


「……そなたと話せたことで、拙者の心は救われた」


 それから自分がヒナタに言ったことを思い出し、フッと笑う。


「天の国へはできるだけ遅く、か。至極当然のことにござる! 己の命を捨て去るような愚か者めが、行ける場所ではないでござるよ」


 ゴルが受話器を手放すと、どこからともなく白い手が現れて、サッと奪って消えてしまった。

 ゴル将軍は鎧を脱ぎ、楽な格好になると寝床に入ってわずかな睡眠をとる。朝日と共に目覚めると正装に着替え、部下であるブルーノのテントを尋ねる。

 驚く彼に頭を下げて己の非礼を詫びて、もう二度と無茶な特攻はしないと約束した。

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