将軍とヒナタ その4

 言葉に詰まるゴルに、ヒナタは問いかける。


「ヒイちゃん、ずっとイイコにしてるよ? パパやママのいうこと、ちゃんときいてるよ。ねえ、おじちゃん。コドモがテンゴクにいくには、イイコのほかに、なにがヒツヨウなの?」


 その質問に、ゴルは心臓をギュッと握られた気がした。


「い、いいや! 子供が天国に行くためには、良い子なだけで十分なはずだ! それ以外の条件など、あってたまるかっ! こ、子に恥じぬように善良に生きた大人が、あの世で子供と会えずして、なんのための天の国か!?」


「じゃあ、ヒイちゃん、いますぐテンゴクいけるね」


「い、行ける……。行けるが、ヒナタよ。お主が今、天国に行っても祖母殿は喜ばぬ! 天国へは一方通行なのだ。行ったら二度と帰ってこれぬ。どれだけ会いたくても、パパやママには会えぬようになるぞ」


「ええ……? ヒィちゃん、それはヤダな」


 ヒナタは少し考え込むように沈黙した後、言った。


「……ねえ、おじちゃん。おじちゃんもだれか、ダイジなヒトがテンゴクいったの?」


 さとい子だ、とゴルは思った。

 そもそも四歳と言えば、ようやく自我が芽生え始めて、親の言葉になんでも反対する頃だ。

 そんな歳の子が、親の言動から自分を邪魔者だと感じ取り、自らこの世を去ろうとしている。

 頭がいい。そして、優しい。


「家族が。妻と子……それと、今は亡き両親も」


 そう答えて、深く沈んだ声で続ける。


「……お国の安寧あんねい、陛下のお身体、守るべき民衆。己の命より大事だと、口で言い続けたものはいくつもあった……! し、しかし本当に大事なのは、妻子でござった。拙者はもはや、天涯孤独にござるよ」


「テンガイコドク?」


「拙者の周りには、誰もおらぬと言う意味だ」


「おともだちは?」


「昔はいた。が、友と呼べる者たちは、皆戦場で散っていった」


「パパもママも、もういないのね? じゃあ、ホントにだれもいないの? だれかとおはなししたりしない?」


「……まあ。立場上、部下とはよく話すでござるな」


「ブカさん。どんなヒト?」


「今の副官は、ブルーノという男でござる。頭が良くて、剣の腕も中々でござる。人望もあり、慕われている。拙者のような上官にもひるまずに、意見をする芯の強さがある。いずれは、拙者と同じ将軍の地位に――」


 言いかけて、ゴルはハッと気づいてうなだれる。


「い、いや。ブルーノも先ほど、拙者から離れて行った。拙者のせいだ。怒りに任せて、心にもない事を言ってしまったでござる」


「ふうん。おじちゃん、ケンカしちゃったのね。だったら、ゴメンナサイいわないと!」


「謝ったくらいでは、到底許してもらえぬでござるよ。拙者は許されぬ事をした」


「だいじょうぶよ! あのねえ、ヒィちゃんがやりかた、おしえたげる! ココロをこめて、ゴメンナサイってアタマをさげるのよ! ゴメンナサイ! ほら、おじちゃんもいってみて? ゴメンナサーイ!」


 明るい声のゴメンナサイに、ゴルは久しぶりに笑った。


「ふ、ふふ……うははは! わっはっは! うむ、そうでござるな。誠心誠意、心を込めて頭を下げてゴメンナサイ。実に当たり前のことを、子供に教えられたでござる! わっはっは!」

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