将軍とヒナタ その2

 夢の中でゴルは、死んだ妻子と食卓を囲んでいた。

 妻の作るシチューは家庭的でホッとする味で、戦場で作られたちょっと薄味の食事の後だと、胃袋がじんわり落ち着くような充足感があった。


 息子のジルバが言う。


「ねえ、パパ。ぼくもパパみたいに、すごい将軍になれるかなぁ?」


「はっはっは! なれるとも。ジルバは、拙者の自慢の息子でござる! いつの日か、拙者を超える大将軍として名をせるであろうぞ!」


「わあ、そうだと嬉しいなぁ。パパと一緒に戦って、ママやみんなやこの国を守りたいなぁ!」


 妻のナミが笑う。


「まあ、この子ったら。うふふ。でもね、ジルバ。ひとつだけ約束してちょうだい」


「うん。なあに? ママ」


「いつの日か、あなたが戦場に出たとしても、必ず生きて帰ってちょうだい。ママはね、パパの全部が大好きよ。けれど一番大好きなのは、どんなに激しい戦場からでも、必ず生きて帰ってきてくれる所なの……。どんなにみっともなくていい。逃げ出したっていい。だからお願い、死なないでね」


「わかったよ、ママ。ぼく、何があっても絶対に死なない。ママとパパと、ずっと一緒に仲良く暮らすって約束する!」



 ふと妙な気配を感じて、ゴル将軍は夢から覚めた。

 顔を上げると部屋の中央に、短くて太い緑の棒が揺れていた。受話器である。

 ゴルは、二日酔いで痛む頭を片手で押さえ、指の間から受話器を睨みつけた。


「くうっ!? いくら酒に酔っているとはいえ、このゴル=サイゲンをたぶらかそうとは……! 実にいい度胸でござる!」


 ゴルは立ちあがると、臆することなく受話器に歩み寄り、掴んで地面に叩きつけようとする。

 と、その時だ。


「もしもし、もしもし。きこえますかぁ?」


 子供の声。それも、歳場としばも行かぬ女児の声が、受話器から聞こえた。

 ゴルはギョッとして振り上げた手を止める。

 それから、厳しい声で怒鳴りつけた。


「おのれっ、面妖めんような! わっぱの声で拙者をたぶらかそうとは……いかなる怪異、妖魔の類でござるか!?」


「はい。わたしの、なまえは、さくらい、ひなた。よんさい、です」


 たどたどしくもあどけない声が帰ってきた。


「む……。声に邪気がないでござるな。貴様、本物の子供でござるか?」


 と、受話器の向こうでクスクスと笑う声。


「ヒィちゃん、ほんもののこどもよ? おじちゃん、おもしろいしゃべりかたするのね! アニメの『ござる丸』みたい!」


「ご、ござる丸……? た、確かに拙者の喋り方は古めかしいとよく言われるでござる。しかし、いいでござるか? 大軍を率いる将軍たるもの、いついかなる時でも己を律し、礼節を忘れずにいるためには――」


 言いかけて、ゴルは首を振る。


「あ、いやいや、そうではない! ……貴様、ヒナタと言ったな? 本物の子供であるならば、何が目的でこのような戦場で話しかける?」

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