将軍とヒナタ その1

「将軍! お待ちください、ゴル将軍っ!」


「ええい、うるさいっ! 拙者は今、疲れておる。誰とも話したくないでござる!」


 ここは、とある国の戦線基地。

 大股でズカズカと歩き、いかにも武人然とした甲冑とマントをつけているのは、ゴル将軍。三十六才の大男である。

 後をセカセカついていくのは、副官のブルーノだ。


「し、しかし将軍……っ! 失礼を承知で、言わせていただきます。最近のあなた様は、無茶な突撃ばかりをしているように見える。単騎で敵に突っ込んで、一人で何人もの敵を相手している!」


「それが一体、どうしたのでござる? 連戦連勝、どこに文句あるでござるか」


 ブルーノは、一瞬だけ言葉に詰まった後で震える声で言った。


「ゴ、ゴル将軍……。ご家族を亡くされたばかりで、お辛いのはよくわかります。し、しかし……今のあなたが戦場で重ねているのは、武功ぶこうではない。単なる自殺行為です!」


 自殺行為。その一言に、ゴルの顔が怒りでカッと染めあがった!

 髪の毛はザワザワと逆立って、目も真っ赤に充血する。

 怒髪冠どはつてく、とはまさにこのことであろう。


「き、貴様ぁッ! なんという言い草でござるっ!? 戦場で死ぬるは、武士のほまれぞ! ブルーノ、貴様は副官を首にする! 今すぐ出ていけ! その顔、二度と見せるでないッ!」


 ブルーノは、ペコリと頭を下げて言う。


「承知いたしました。荷物をまとめ、首都へ戻ります。ですが、私が今すぐいなくなれば、兵たちが混乱します。二度と顔は見せませんので、明後日までは副官としての最後の仕事をお許しください」


 そう言うと彼は、きびすを返す。

 背を向けたままで、ブルーノは言った。


「ゴル将軍。兵士たちは皆、あなた様を尊敬しております。私を含めて、あなた様に命を救われた者は多い。どうか、ご自分の命を粗末になさらずに。ご自愛じあいください……それでは、さらばです」


 去りゆくブルーノに、ゴルは大きな舌打ちをして自分のテントに入った。



 一人きりになったゴル将軍は甲冑かっちゅうを脱ぎ、ワインの瓶を取り出すと乱暴にコルクを指で押し込む。

 グラスにも注がず、そのままラッパ飲みで半分ほどを胃に注ぎ込む。


「ブルーノの奴め……! せっかく見どころありと副官まで取り立ててやったのに、生意気なことを言いおって! なにが自殺行為でござるか。拙者はお国のために、この身を削っているだけでござる」


 などとうそぶいてみるが、気分は晴れない。

 ゴルはワインをあっという間に飲み干すと、次にブランデーを取り出した。

 ワインは軍の支給品だが、ブランデーは高価な私物だ。アルコール度数の高さもあり、さすがにラッパ飲みする気になれず、グラスに注いでチビチビと舐める。

 だんだん身体がポカポカと温かくなり、戦闘の疲れもあって眠気が襲ってきた。

 従騎士じゅうきしを呼んで寝床の用意をさせるのもおっくうで、彼は椅子に座ったままウトウトと浅い眠りに落ちた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る