勇者とケイタ その4

 ヒューゴは、一字一句を噛みしめるように言う。


「いいかい? それがどこであれ、どのような人間であれ……。自ら死を選ぶほど、苦しんだんだ。誰だって、死にたくない。生き物はみんなそうだ! 村に残った人たちも、自分の代わりに私に防御をしてくれた幼馴染も、自滅覚悟でドラゴンに村を焼かせた魔族だって、きっとそうなんだ……」


「……はい」


「それでも愛情とかプライドとか、怒りや絶望。そういう色々なものがのしかかって、耐え切れないで、自ら死を選んでしまう。ケイタ、君も耐えたんだろ? 必死で耐えて、それでも耐え切れなかった。そんな君が、甘ったれなわけないだろう!」


「え、ええ……。そうです。辛くて辛くて、必死で耐えて。それでもう、死ぬしかなかった。で、でも、お兄さんは、僕よりもっと辛い目にあってるのに、頑張って生きて……」


 ヒューゴが首を振り、またも遮る。


「そうじゃない。そうじゃないんだ! 私もついさっきまで、死にたかった。この滅びた村で、生きる気力を失っていたんだ。だけど、ケイタ。今は違う。私はね。君の話を聞いて、自分がやりたかったことを思い出したんだ!」


「やりたかったこと……?」


「ああ」


 彼は大きく息を吸い込むと、よく通る声で喋りだした。


「私は人を救いたい。君のように善良なのに力がなくて、苦しむ人のために戦いたい。私は、君を救いたい。そのために生きたい」


 ヒューゴは、壊れた壁から外を見る。

 いつの間にか雨は上がっていて、遠く朝焼けの日差しが空を照らしていた。


「ケイタ。私は今からこの村を出て、君の所に行こうと思う。また世界を旅して、人々を助けながら君を探すよ。何年かかるかわからない。君はこの後、すぐに命を断ってしまうかもしれない。だけど、もし私が君の所にたどり着けたなら……その時に、君が生きていたなら。必ず、君を救うと約束する!」


 その言葉にケイタは、また静かに泣き出した。彼は鼻をすすりながら、涙声でいう。


「ヒュ、ヒューゴさん……! そんなに優しいことを言ってくれる、あなたはどんな人なんだろう……? ぼ、僕も……あなたに会ってみたい! 僕の名前は、畑中圭太。日本の大宮という場所に済んでいます……あ、会いに来てください! それまで頑張って、もう少しだけ生きることにします!」


「わかった。ニホンのオオミヤ、ハタナカ=ケイタだね。いつか、必ず。会おう、ケイタ」


「はい、ヒューゴさん!」


 声はそれで、プツリと切れた。

 ヒューゴは受話器から手を放す。

 するとプラプラと揺れる受話器を、白い手が掴んだ。

 少年の手ではない。女性の手だ。空中から湧き出ている。

 その手は受話器を引っ張り上げると、溶けるように消えてしまった。

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