八六『あなたのみた夢』

 お菓子のお城、カボチャの馬車、トランプの騎士、愉快なキリギリス、空飛ぶゾウ、小さな妖精。

 ありとあらゆるメルヘンちっくなものがそこにはあった。綺麗で、美しくて、楽しい世界。

 緩やかに時が流れている。紳士なウサギが出してくれた紅茶と共に、クッキーをサクッと一口食べてみる。

 お菓子を一通り食べ終わると、目の前で妖精たちのワルツが始まる。ゆらゆらと踊っている。私もいつしか踊り始める。

 一しきり踊って疲れてしまうと、原っぱが私を抱き寄せる。そよ風が私を包み込む。暖かな光が私をなでる。体の中までぽかぽかしてくる。

 目が覚めると、空はきらきら輝いてた。暗闇で星は流れ、花は咲きほこっていた。街もあったかいガス灯でほんのりと明るい。はちみつ入りのホットミルクをちびちび飲む。なんて素晴らしい世界なんだろう。


 空が軋む。時間が止まる。

 目が冴えていく。体の感覚が鋭くなっていく。脳にあった靄が消えていく。世界が白んでいく、解けていく。


 目の前には、心配そうな顔をした家族と見知らぬ男が居た。


「麗しい王女よ、私と結婚してください」

 男はそう告げる。一目惚れというやつだろうか。家族は潤んだ目で私を見つめる。

「……お受けします」

 私は、その願いを承諾した。

「魔女にこの城の皆んなが眠らされてしまった時はどうしたものかと思ったが、こんなに素晴らしい王子に助けていただけた上に、結婚まで申し出ていただけるとは。私たちはなんて幸福なんだ!」

 家族はそう言って、祝宴の準備をし始める。


「さぁ、王女様、行こう」

 私は、手の引かれるままに、王子様についていく。


 あぁ、あのまま眠っていたのなら、私はどんなに幸せだっただろう。

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ショートショート『眠り姫』 名古屋大学文芸サークル @nagoyaunibungei

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