第23話 水道メーター1

 水道メーターの仕事が転がり込んで来た。

 ニッチな仕事である。水道メーターはほぼ十年に一度だけ新製品が出現する。この水道メーターは電話回線に繋げて自動検針できるタイプだ。


 元々は他のメーカーが受けた仕事らしいのだが、二年間の開発期間をかけて結果としてプロジェクトは失敗に終わった。

 通常ソフトウェアプロジェクトは最初の予定の三倍の時間がかかっても完成しない場合に失敗と見なされる。逆に言うと最初の見積もりの三倍程度は平気で伸びると考えるべきである。

 このケースでは最初の見積もりが半年で、それが二年かかってもできなかったのでプロジェクトは放棄されたということである。

 そのお鉢が回ってきたのがこれだ。

 設計書は当然ない。そういったものをきちんと作るところはここまでの失敗はしない。

 設計に際して予めどんな問題が生じるものなのかを知るために、そのときのバグリストを要求してみた。

「見ても役に立たないと思うよ」

 お客さんが笑った。

「バグの数は二千個あったから」

 ・・諦めた。

 そういう経緯で設計に対するチェックが無茶苦茶に厳しくなっていた。

 見も知らぬ他社のためにこちらの仕事が厳しくなる。実に理不尽である。


 仕様では小さな電池を使って八年稼働である。

 このためには超省エネルギー設計をしないといけない。

 マイコンには色々な機能があるが、スリープモードを多用するのは初めてのお陰でもの凄く苦労した。

 その苦労の分はすべて自分の赤字で埋めることになる。

 通常これら余分な工数はそれを含めて設計工数を長めに取ることで確保する。だが元請けが厳しい人だと徹底的に絞って来る。下請けとしては悲鳴である。旨味の無い仕事をいくらやってもただ食って通っただけとなる。全体としては歳を重ねただけ人生の損となる。

 だが仕事がないのだから仕方がない。営業力皆無の個人事業に毛の生えたようなものだからいつも仕事に飢えている。

 性格的に営業が向いていないのだから一人で会社をやるのは無理があるのだが、おぶさりてぇや金玉摩りのトラウマがあるのでどこかの会社に潜り込むのはノーサンキューである。


 ようやく話が決まり工数が決まった後に担当のY氏が一言口を挟んだ。

「絶対にエラーが出ないようにお願いします」

 水道メーターがいつの間にか止まっていましたではシャレにならない。だがこの『絶対』をお客さんはよく口にするが、そのためには三倍の工数がかかることを理解していない。

 だがここまで話が進めば今さらひっくり返せない。仕方なしに了承する。

 これで赤字仕事が大赤字仕事に変わってしまった。


 どうしてウチに来る仕事はこういうものばかりなんだろうと嘆く。

 知名度の低い会社には他の会社が受けなかった最悪の仕事ばかりが流れ込む。

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