第18話 昼ギツネの危ない遊び1
「いや、もうね。この歳で徹夜しちゃったよ」
久しぶりに昼ギツネから電話があった。
「いや~。技術派遣のM社の連中見たときは楽勝だと思ったのだけどね」
自分が抱えている人材ならそれ以上にやれると思ったのだろう。当然と言えば当然だ。M社の派遣技術者連中はレギュラークラスでもこちらの一年新人よりも使えなかったのだから。あの当時の私のグループのメンバーはどの人間もSSS級の連中だったと今では思う。
だから昼ギツネが勘違いするのは分かる。そしてその誰もがこの課長を見捨てたのだ。
人材派遣の親玉をやりたいならそれだけの手を尽くさないといけない。M社は社員の面倒を見ていたし、営業もきちんと動く上に、業界随一の技術派遣会社という(まったく嘘ではあるが)企業イメージという武器も持っていた。
対してこの課長は技術者を相手側に会わせるだけ。これは仲介と言えるものですらない。
見捨てられるのは当然だ。
「それでね、お小遣いを稼ぐ気ないかい?」
いや、お小遣いじゃなくてきちんと食える仕事を紹介してくれよ。退職に追い込んだお詫びに何か一つ美味しい仕事を紹介してというあんたの宣言はまだ果たされていないぞ。それどころか赤字で面倒な仕事ばかり流してきやがって。
昼ギツネは話を続けた。
お小遣いとやらの内容はお金の振り込みの仲介だ。
何人かの人間の名前と金額を渡される。半分は昼ギツネ課長と苗字が同じだ。残りは知らない人たちだ。
個人で仕事をして、それらに対する支払いを私の会社を経由して行うつもりらしい。直接払うと疑われる人たちなのだろう。
だが見知らぬ人も混ざっている。この人たちは何だろう。
たぶん昼ギツネ課長は自分で何人分も仕事をしてそれを複数人でやったことにしてお金を貰うつもりなのだろう。そう自分を納得させた。
仕方ない。この人にはまだ営業をやって貰わないといけないしな。そう考えて受けることにした。
だが胡散臭い。もしや横領?・・とも思った。
まさかね。だが昼ギツネ課長にはギリギリのところで釘を刺しておく。
「きちんと仕事の進行や成果物を記録しておくんですよ。何かあったときにゴタゴタが起きないように」
私が犯罪ではないかと疑っていることを示唆しないように慎重に言葉を選ぶ。
だがたぶんこの人にはこの言い回しの意味が理解でないだろうとは思った。
昼ギツネがやっているこれは人間関係が終焉する前の最後のフェーズだ。それまでの信用を可能な限り金に換えている。そしてこの後にはトンズラかまして終わりになる。
さあどうするね? 昼ギツネ。
ちょっと意地悪な思いで見守ることにした。
時間が経ち、T社からお金が振り込まれる。これ持ってそのまま音信不通にしたら昼ギツネ課長さぞや慌てるだろうなと思いながらもきちんと指定先に振り込む。
仲介料は一円も取っていない。むしろ振り込み手数料で赤字になる。
もしこれが横領であった場合のために、自分が善意の第三者であることを証明するためだ。ちょっと金額を計算すれば私の意図は分かるはずだが、この人はそこまで賢くない。賢かったらこんなことには手を出さない。
やがて確定申告の時期になると昼ギツネ課長から泣き言が入った。
「大変な額の税金を請求されています。何とかなりませんか?」
いいえ何ともなりません。だいたいどうしてこちらに言ってくるんですか?
私は税理士でも税務署でもありません。
「お金の大部分は専務のものになったのに、どうしてボクだけがこんなことに・・」
え?
やはりと思った。やっぱり横領だったのか。振込先の見知らぬ名前の苗字が専務と同じであったと気付いたときに横領だと判断していたのだ。
昼ギツネ課長が仕事をしてそれを家族がやったことにするのはあり得ても、専務が仕事をしてそれを家族がやったことにするのはあり得ないからだ。
じきにまた昼ギツネ課長から連絡が来た。別に何も聞いていないのに。
「税務署に相談したらお金の問題は解決しました」
はあ、そうですか。
それより問題はあなたの横領の問題ですよね?
絶対にこの横領はバレる。私には確信があった。
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