第15話 手抜きで苦しむのはこちら

 昼ギツネに期待するのは止めた。このままでは飢え死にしてしまう。

 次の仕事を探していると古巣のG社から話が来た。仇の映像部門ではなくエアコン部門の方からだ。


 担当となったカエル男がへらへら笑う。

「この室外機のファームを新しい回路に合わせてバージョンアップして欲しいんです」

 古い室外機の大規模な置き換えが入ったのだがすでに制御基板の生産も在庫も無かった。そこで新しく制御基板を起こしたのだが問題はそれに載せるファームである。マイコンが違うものになっているのでこれも新しく作り直す必要がある。

 それで私が呼ばれたのだ。実に簡単な仕事である。

「それでですね」へらへらとカエル男が笑う。

「古いマイコンのマニュアルが無いんです。仕様書も」

 なぬ?

 つまり見たことも無いアセンブラで書かれたソースを解析してまったく同じ働きをするファームを作り上げろというのだ。

 いきなり仕事の困難さが跳ね上がった。超難物レベルである。

 マイコンによってはコマンドに対する動作が全く違うものが存在する。こういった独自性はマニュアルには書かれているがアセンブラを見ていてわかるものではない。

 つまり素直なマイコンならそれほど問題はない。素直でないマイコンの場合は地獄を見る。

 最悪の場合はし直しには三か月以上かかる。180万円は貰わないと割に合わない。

「それでですね」へらへらとカエル男が笑う。

「ぶっちゃけ、予算は60万円しかないんです」

 馬鹿か、お前は。何を勝手に安請け合いしてやがるんだ。

 どこかの段階で誰かいい加減な者が、仕事の難易度を考えずにこれぐらいでいいだろうと適当に決めたのだろう。目の前にいるこの人物がその犯人の第一候補だが。

 しかしこの人は会社を辞めた相手にもまだ甘えるのか。

 俺はお前専用の神様じゃないんだぞ?


 これは割に合わない。断ろう。

 そう思ったが昼ギツネのゴタゴタのお陰で懐は大変に寂しい。どんな仕事でも断れる状況じゃない。こんなクソ仕事でもやって1円でも2円でも稼がねばならない。たとえその結果大赤字になろうとも。


 この仕事を受けてしまった。


 やがてターゲットの基板が出て来た。

 G社に受け取りに行く。

 渡された基板を見て嫌な予感がした。

 念のためにその場でICEというマイコンシミュレーターをマイコンソケットに差してみる。

 差さらないやんけ。

 マイコンの周囲に乱立するコンデンサーなどの機構部品が邪魔になってソケットが差さらないのだ。

 腕の悪いハード屋はよくこれをやる。仕事の手順に気が回らないのでICEが差さらないものを設計してしまうのだ。真面目なハード屋はICEが刺さるところまで基板を改造してからファーム屋に渡すようにする。不真面目なハード屋はファーム屋がいくら訴えても面倒臭いという理由から手を抜き、ファーム屋を泣かす。


「ちょっと待っていて」

 カエル男が基板を持ってどこかに消えるとしばらく経ってから戻って来た。

 差し出された基板にはマイコンソケットの上にソケットが五段積みされている。まるで基板の上に突き出した高層ビルだ。

 こんなもの絶対動かないぞ。

 隣でへらへら笑っているカエル男を横目に基板を睨んだ。

 仕方ないのでそのまま家に持ち帰った。


 家でシステムを展開して電源を入れる。

 やはり動かない。

 ファーム屋の悪夢。最初から動かない基板を押しつけられる・・である。

 あのカエル男の間抜けめ。悪態をつきながら色々といじる。

 恐らく動かない原因はマイコン駆動に使う水晶発振子だ。この部分は微妙でマイコンに接続するまでの配線距離は極力短くしなくてはならない。配線も含めての自己発振でパルスを作るためだ。

 高層ビルソケットの一部を切り貼りし、発信子を最上段のソケットにハンダで直付けする。

 ようやく動くようになった。

 と思ったら、高層ビルソケットがいきなり飛び出した。

 バチンと火花が散る。

 本来ソケットは重ねるものではない。だからソケットに圧力がかかり弾け飛んだのだ。

 直しても動かないのでG社まで持っていく。

 カエル男が差し出した基板を持って行き、しばらくしたら戻って来る。

「コンデンサが死んでいたようです」

 付け直した基板を差し出す。高層ビルソケットにはガムテープで補強を入れている。

 無言でその場でシステムを組み直し、電源を入れる。

 ガムテープが弾け飛びソケットがまたもや外れて基板が死んだ。

 カエル男がまたもや基板を持っていき、またもやガムテープでぐるぐる巻きにした基板を差し出す。

 いい加減にしろよこの面倒臭がり屋め。毎回手抜きの補修をするからこっちの手間がいつまで経っても減らないだろう。きちんとICEが刺さるように周囲のコンデンサを再配置しやがれ。間抜けどもが。


 そう大声で叫びたいが我慢する。これが自分の部下なら正座させて小一時間説教するところだ。

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