第14話 JPEG2000さらに苦闘す

 英語規格書との奮闘は続く。

「・・このコードの展開はtagtreeを使い・・」

 タグツリーって何だ?

 グーグル様にお伺いを立てる。地球上でヒットしたのはわずかに二件。それも内容はまったく別物だ。

 さあ困った。参考文献に挙げられている何十もの英語の文献を全部取り寄せて当たらねばならないのか?


 ざっと見て一年はかかる地獄のような作業量になるぞ。

 顔が蒼くなった。

 この規格書を書いた馬鹿は何を考えている?


 その頃、JPEG2000の日本語解説書がオープンソース評議会の日本人メンバーから発行された。お値段5万円なり。かなりお高い。

 発注元に頼んで買って貰った。

 届いた本を見て驚いた。恐ろしく薄いのだ。

 読んで見て驚いた。通り一遍のことしか書かれていない。単なる翻訳ダイジェスト版だ。

 絶望した。この本には大事なことは何も書かれていない。

 それでも発注元には大変に助かりますと報告する。せざるを得ない。5万円をドブに捨てましたとは言えない。


 タグツリーは規格書に少しだけ載っていた例題を元に逆解析をした。

 アルゴリズムを推定だけで組み上げる。何度にも及ぶ試行錯誤の末に、ついにそれは決定し、二種類のコードが産まれて来た。このどちらかが正解のはずだ。圧縮解凍がうまく行けばそれを組み込んだ方が正解となる。

 どうしてオープン規格をコード化するのにパズルをやらないといけないのかとウンザリした。


 続いて変換モジュールの出力結果が合わないことに気づいた。圧縮する画像の種類によってはうまく働かないのだ。

 追跡は何日もかかった。数百の変換ログを追い、一つ一つ目で潰す。

 そして変換表の何百ものパラメータの一つが 0.90231 ではなく 0.9025l になっていることが分かった。

 気づくか、こんなもの。プログラマ用フォントを使っているが、エディタが使っているフォントによっては実際に表示してみると差が判別できないものもある。

 これは人間の目では明らかに間違っているのだが、末尾に「l」がついた数値はロング定数として扱われコンパイラを通してもエラーとはならない。複雑化した言語はこういう要らない罠を山ほど抱えている。


 そしてまた新たな問題が生じた。

 画像分布変換数値群のサンプルの作り方が分からないのだ。

 もちろんこれも文献に当たれば一年は消えるので問題外だ。

 思い余って日本語解説を書いた人の下へメールを送って訊く。あなたの本を買いました。不明な点があるのでどうぞご教授をお願いできますか。

 返事はすぐに戻って来た。

 のらりくらり。肝心なことには一切触れないその文面。


 実はこのオープン規格の日本人メンバーはすべて日本のメーカに努めている。だから規格の内容について助け舟を出すことは未来のライバルを助けることになってしまう。だから何かを訊かれてもあくまでも口を濁すだけで助けることはしないのだ。

 だがそれではオープン規格の意味がない。誰にでも問題なく使われ多くの製品が出るようでないとオープン規格は普及しない。秘密主義とオープン規格は相いれないものなのだ。

 それを普及させるのが仕事のメンバーが自分の利益だけを考えて逆のことをする。これで規格の普及なんかうまく行くわけがない。


 結果としてJPEG2000は普及することは無かった。ライバルのMPEG4規格にボコボコに負けでしまったのだ。

 どうしてこう人間というものは欲にかられて金の卵を産むニワトリを自分で絞殺してしまうのだろう。

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