第13話 JPEG2000苦闘す

 昼ギツネ課長に期待した自分が馬鹿だったと身に染みた。

 昔の知り合いに有限会社設立のお知らせを出して仕事はないかと訊いてみる。


 それならと半年分の仕事を出してくれた。

 相手の会社の社長さんは、かってF社で最初のパソコンが創られたときのソフト部隊のリーダーだ。内部で使用するためのAPI(プログラム呼び出しインタフェース)のパスワードに自分の苗字を使っていて、それがバレた結果、知る人ぞ知る〇〇〇〇コマンドという命名がされてしまったという人だ。

 このコマンドを使うと高速なグラフィック呼び出しができるのでマニアによって実に広く使われることになった。


 貰った仕事は当時オープン規格として発表されたJPEG2000という画像圧縮解凍規格だ。

 そこのフォーラムから英語の企画書を購入して作業にかかる。

 400ページぐらいの内容だ。苦労して英語を読み解く。

 ファームのプログラマは英語を書くことと話すことはできないが読むことだけはできる。大概のマニュアルや設計書は英語表記だからだ。ひどいのになると日本の会社の製品なのにマニュアルは英語というものまである。

 日本で製品を売りたいなら日本語マニュアルをつけるべきなのだが、こういうメーカーの上層部はそこまで頭が回らないらしい。人間は高い場所に上るとその知性は速やかに蒸発する。


 しかしこのJPEG2000のマニュアルは実に難物だった。

 出来が物凄く悪いのだ。

 まず何といっても技術書にも関わらず図表がほとんどない。

 例えば道案内を考えてみよう。複雑な道順も地図にしてしまえば一目瞭然である。これをすべて言葉だけで説明すると大変に難解なものになる。

 左に曲がって五番目の角を右に行き、行く手にポストが見えたら近くの店を探すそして・・。

 こんな感じだ。そしてこの企画書もそんな風に複雑な操作をすべて言葉だけで説明していた。読みにくいし何よりも誤解されやすい。

 通常あちらの公開技術文書は説明のプロであるテクニカルライターを使うがこの規格書は間違いなくただの技術者それもすごく頭の悪い人間が書いたものだ。開発現場での仕事の押し付け合いが目に見えるようだ。

 何度読み返しても構造が見えてこない。

 お陰で最初の一カ月は物凄く辛いものになった。

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