第11話 子会社は辛し

 T社はシャープの子会社と共同プロジェクトをやっていた。

 それに関わることになりソースを見せてもらう。

 普通プロのC言語遣いのソースではあり得ない記述を見つけた。

「あれ? 外部関数の宣言をこちらのソースに埋め込んでいるんですか?」

「ああ、それね」

 T社の作業者が困った顔をした。

「いくら頼んでも向こうの会社のプログラマーがヘッダーを作ってくれないんだ。だからこちらでいちいち調べて組み込んでいる」

 ヘッダーを作るのは当然の作法だ。それが無いということは向こうの作業者が新人かあるいは余程のアホということになる。

 それを元請けとしての圧力で横車を押しているわけだ。

 技術者の風上にも置けぬ連中が、会社の威光を笠に着て好き勝手をやっている。

 後のシャープが零落した理由が分かる話であった。


 その子会社の部長さんが来て会議をしていて、つい雑談になってしまった。雑談というより相手の部長さんの愚痴である。

「すまない。またすぐにアメリカに二週間出張なのでこれには関われなくなる」

 話を続けた。

「ROMを焼きに行くんだ。向こうの会社の技術者にROMを焼かせると毎回必ず失敗する。だからじきじきに行って私がROMを焼かないといけないんだ」

 部長さんはため息をついた。

 マイコンなどの動作の要であるプログラムをROMという記憶媒体に組み込む作業をROM焼きと呼ぶ。内部機構的に『焼く』という表現がぴったりなのだ。

 プログラムが入ったデータファイルをPCに読み取らせ、ケーブルで接続した先のROM焼き器に真っ新のROMをセットし、予め決められたパラメータを入力して焼き込みボタンを押す。

 たったそれだけの作業なのだ。日本人なら新人でも数回やれば覚える作業だ。

 だがアメリカは違う。

 高卒の人間は年収200万。大卒ならそれだけで500万。ちょっと技術を真面目に習得すれば年収は2000万クラスになる。

 そういった技術者でさえ、ROM焼きに失敗するのだ。

 びっくり。

 あちらの技術者の能力の上下差はそこまで大きい。


 逆に言えば日本の技術者たちはその能力に比して余りにも安い給料でこき使われていることになる。

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