第8話 口先三寸

 またもや昼ギツネ課長が仕事を持って来た。

 今度は最初から決め打ちの仕事だ。

 資料一式、仕様書、使用するマイコンのマニュアル。結構な分量になる。

 一カ月60万円と話をつけ随分安いなと思いながらも作業に入る。


 人件費60万円は経費税金その他を差し引くと給与手取り30万円に相当する。熟練技術者の給料としては安い方だ。

 大量の資料を読み進み、大量のソースを解析する内に一カ月が過ぎた。

 さて今月分の請求をとなった所で昼ギツネ課長が渋った。

「あのね、向こうがね。君の仕事の成果が見えないから40万しか払えないと言ってきたんだよ」


 ええ、と思った。

 まず第一に、資料読み込みフェーズで成果物などでるわけがないのだ。各種情報を頭の中に取り込む段階だ。確かめるには私の頭を切り開くしかない。解析資料もまだ少ししかできていない。

 次に一度決めた金額を支払いの時に減額するのは違法なのである。

 だがそれを言っても始まらない。話が通る相手ならば最初からこんなことは言わない。

「わかりました。それでいいです。ただしそんな風に話を勝手に変える所とは仕事を続けることはできません。これで終わらせていただきます」

 こちらから辞めたのではお金は貰えまい。その40万円は諦めることにした。

 どんどん赤字が膨らむ。冗談じゃない。


 そのまま連絡が途絶えて一週間後、またもや昼ギツネ課長から電話があった。

「あのね。例の金額の件、向こうに話した?」

 はぁ?

「いいえ、向こうとは連絡なんか取っていませんが?」

「それがね、仕事の内容が見えないから60ではなく40にしてくれって連絡があったんだ」


 はあぁぁぁぁぁ?


 いや、それ前に聞いたじゃん。何か話がおかしいぞ。

 つまるところ最初に出た40万円への減額は昼ギツネ課長が吐いた嘘で、向こうの会社が削って来たということにして20万円ピンはねしようとしたのだ。

 するとまったく同じことを向こうが言い始めたわけだ。

 どうやらまたもや言霊が動いたらしい。(身の回りの実話怪談『言霊』参照)

 しかしこの昼ギツネ課長、このセリフで自分の小狡賢いやり方がバレると思っていない。たった今、自分の信用が日本海溝よりも深い位置まで堕ちたと気付いていないのだ。

 人に言えないことをやるならバレないようにやればいいのに。

 私は自分の欲を優先させないのでコイツは馬鹿だと人に思わることが多い。人は私相手だと舐めた態度を取り、その本性を見せる。これもその一つだ。


 もうこの人には一切期待はすまいと決心した。

 長い間収入がない。このままではオマンマの食い上げになってしまう。

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