第4話 起業

 色々考えた末に自分の会社を作ることにした。資本金三百万円の有限会社である。

 今から思えば個人事業で十分だったから法人税を払っただけのまったくの無駄であった。


 独立したのは単純な理由からだ。

 どこの会社に行っても必ずそこには研究所長のような金玉摩りが待ち構えている。

 ここより少し下品な表現になる。苦手な方は読み飛ばして欲しい。だがこのような表現でしか言えないこともこの世にはある。


 金玉摩り。正確には金玉摩らせだ。

 彼らは新しい人間が会社に入って来るとたちまちにして飛んできて、自分のズボンとパンツを下ろしてド汚えものを人の顔の前に突き出してこう言うのだ。

「摩れ!」

 それも両手を差し出して普通に摩るだけでは許さない。両手でカップを作り、金玉をこう下から支えるように持ち上げ、己の額にそれを擦りつけるようにして摩らないと許さないのだ。


 相手に服従を求め、プライドを引き裂き、心が折れるのを見て悦にいる。サディストの膨らんだエゴ。

 そんな人間にウンザリし切ってしまった。


 私は小さい頃から体から奇妙なフェロモンが出ているようで、頭が良い人間にはなぜか好かれ、頭が悪い人間には蛇蝎の如く憎まれる。

 理由は分からない。

 頭の良い人間はいきなりこちらを訪ねて来てしばらく話をした後に、実はもう故郷に帰るんだ、最後に君と話ができて良かったとまで言ってくれる。

 頭の悪い人間はこれまで見て来たように、こちらは向こうの顔も知らないのに何故かひどく憎み様々なイヤガラセをしてくる。

 友人との結婚式のスピーチをすると、出席している若い女性たちにはなにあのオタクと罵られる代わりに、見知らぬ年配夫婦たち数組が握手を求めてやってくる。

 どうしてここまで極端なのかまったくの謎である。


 独立して自分で会社をやれば、駄目と思った相手はそのまま縁を切ることができる。

 それにどうせどこに行っても金玉摩りがやって来る。だからどの会社にも長居はできない。

 そう考えたのが独立の原因だ。


 有限会社の起業の日は四月一日エイプリルフールの日をわざわざ選んだのだが、司法書士の人が勝手に書き替えて四月二日にして書類を出された。

 ちょっと残念に思った。

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