第1話 昼ギツネ暗躍する
さてこれからどんな人生を送ろうかと腕を組んで日々を過ごしていると、同じく会社を辞めた昼ギツネ(元)課長から連絡があった。
私が辞める前にはイエスマンMを始めとしてサボリーマンたちが次々と課を辞めていった。彼らは沈みかけた船から真っ先に逃げだしたネズミたちである。
私が辞めた後には課の中の仕事ができる連中が続々と辞めた。私やH氏が受けた扱いを見て、この会社での未来に見切りをつけたのだと思う。
あれよあれよと退職のブームは続き、とうとう課員はたった一人にまで減少してしまった。最後に残った彼は結婚したてだったので退職という冒険はできなかったのだろう。
課長は慌てて人員を補充しようとしたが、結局口だけの間抜けしか入らなかったようで、ついに課が潰れてしまい、その詰め腹を切らされる形で昼ギツネ課長も会社を辞めたのだ。
そこで昼ギツネ課長が考えたのは、人材派遣業の真似事だ。会社を辞めた連中をまとめて仕事の仲介をすればピンハネで美味しい思いができるのではないか。そう考えたのだ。
例のデキナイ技術派遣の連中でもあの金額の人件費を取っていたのだ。辞めて行った連中を自分の手の中に引き留めてあちらこちらに売り込めばこれは相当なお金になるんじゃね?
そう考えたらしい。
もっともその甘い考えはすぐに打ち砕かれた。
人材派遣業は派遣先が見つからない間の給料なども保証する。だからピンはねされても文句はでない。最低限度を保証するからだ。
そういったことを一切やらず、仕事を紹介しただけでお金を掠めとろうなどというのが上手く行くわけがないのは小学生でも分かる。
何よりも部下たちはサボリーマンも含めて誰もこの昼ギツネ課長を信用などしていなかった。口先だけで何もしない人物であることは誰もが知っているからだ。
誰ひとりこの人の下にはつかなかった。その結果として見知らぬFという名の人だけが部下をやることになった。
そしてこの人が欲しがった人材が私だ。一番高く売れそうな人間。いつもの事だ。
その初っ端に持って来たのがこの仕事だ。
新製品の基板のドライバを作らないかという話があるのだけど乗らない?
お値段は二千万円。
そう言ってきた。
はう。妙な声が出た。やります。
昼ギツネ課長、やるじゃない。見直したぞ。
指定の喫茶店へのこのこと出かけていく。
「いやー、君の退職にはね。僕も多少は責任を感じているんだ。だからここは一つ美味しい仕事をやってもらおうかと思ってね」
見え透いたセリフをぬけぬけと言う。謙遜のつもりなのか?
はい、その通り。多少の責任どころか、百二十パーセントは貴方が悪いのですよ。
真面目に誠実に働いている部下を上司からの圧力の盾にして、ご自分の身を守っていたのは貴方。その結果、ファームが悪いとの誤解の大合唱を作りだし、それなら辞めてやるとの結末を導きだしたのも貴方ですよ。昼ギツネさん。
百二十パーセント貴方が悪い。私はそう思っています。
まあ、責任の所在がどちらにあるにしても、現状が何ら変わるわけではない。こちらは良い話なら飛びつく。向こうはこちらを利用して儲ける。昼ギツネ課長が口で言っているような誠実な人で無いことは先刻承知だ。君のためだよ、と言いながら、やることなすこと全て自分中心に考えている。
だからこそ、こちらもネコを被ってにこやかに話す。採らぬ狸の皮算用について、キツネとネコが共謀する。
この構図の中でヒトはいったいどこにいる?
どんなドライバを作るのか、資料も無しに話が進む。何を作るのかはっきりしないで話が進むのも変だが、それでも金額の魅力は大きい。半年で二千万円の仕事なら、半分は昼ギツネにピンはねされても一千万円は手元に残る。これは仕事が思いのほか手間取っても何とかなる金額である。
いいだろう。利用されてやらあ。もし一つでも本当に美味しい思いをさせてくれたら、この昼ギツネの下で働くことも視野に入れてやろう。
・・甘かった。所詮は昼ギツネなのだ。この人は。
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