046 tr40, justify/赦し

月曜の午後、気を利かせたルーディの報告を貰い、例の魔術学舎を訪ねる。

ちょうど下校時刻、玄室を出て気が付きパッと明るい表情でルイーズが駆け寄ってきた。

「ケインさん!授業終わりました!

 一緒に帰りましょう!」

後ろでコロポックルと赤髪が他の娘達に羽交い絞めにされてたのは、見なかったことにする。


学生寮まで行き、準備を終えるまで待ってから散歩がてら近くの川へ。

「そこの河川敷は広いから、よく楽器の練習してる人が居るんですよ」

待ち合わせまでしばらく時間があったので、ドナウで久々の合奏を楽しむ。

相変わらず良い音響かせてるなギブソン…いや、演奏はルーのものか。

リズム感に優れるのかよーく相手の出方を聴いていて、変幻自在にリード取ったり引っ張ったり実に楽しそう。

低音楽器としては基本的な流れを作りたいので、手綱を握って行き過ぎないよう、かといってもたつかせないよう敢えて合わせなかったり、曲を弾いてるつもりがいつの間にかコード進行にもつれ込み、また共通で知ってる曲に流れたりと、セッションを楽しむ。


いつの間にかギャラリーに囲まれ、踊りまで始まっていた。

照れくさいのでそそくさと逃げようとしたら、シティアがフィドル弾きながら近づいて来た。

ホントなにやってんのキミ…

「ヘヘッ、面白いことやってるからケリーに楽器借りてきたぞ!

 ドナやルーとはよく遊んだけどケインは初めてだよな?

 まだ時間あるから、つきあえよ!」

なろー、やったろーやんけ。


最終的に♪=160近いラッシュのテンポで、コード行ったりスケール入り繰りしたり、クラシックやポップな曲にも飛び火してお年寄りの心臓にゃ悪いダンス大会だ。

ルイーズはサポートに回りたがったが、シティアに煽られリード合戦して。

その内近くで練習してた連中も参加したり、腰の軽い屋台が出始めたり、収集付かない騒ぎに…

今度こそ隙を見て脱出。

ああ、こうなるとエレキの楽器欲しいな。


「なんだ案外やるじゃねえか、今回の旅にゃその楽器持っていくといいぞ。

 どっかで必ず役に立つ」

「そりゃどうも、ただこれどうしようかずっと迷っちゃいるんだ。

 ルーの祖父さんから借りた大事なもんだ、無茶して傷めないか心配でな」

「…ケインさん、後でお話ししようと思っていたんですが、今してしまいましょう。

 曾祖母さんのギター、ケインさんに持って行ってもらいたいです。

 忘れないで欲しい、無事帰ってきて欲しいという二つの願いを込めて」

「お、おいルー、いいのか?それお前が一番大事にしてたドナの…」

「良いのです、シティアさん。

 私はもう覚悟を決めました、あとは自分のできる事をして待つだけです。

 ケインさんなら、きっと約束を守ってくれます」

「…覚悟のほどはわかった、楽器も気持ちも受け取る。

 必ず持ち帰り、あるべき持ち主ルイーズに返すことを誓う。

 但しケースは別に必要になる。

楽器は繊細な道具だ、粗末に扱いたくはない」

「わかりました。

 今晩これから、ケリーさんに会うんでしょう?

 その時に相談しましょう」

幼い面影を残してても、肚の据わった顔をされたら相応の扱いをするのが礼儀だろう。



――――――――――



「ああ、それなら棺桶でも使えばいいんじゃないか?

 在庫ならあるはずだから、腕の良い船大工に依頼して防水・携行用に改造して収めれば」

こともなげにこの王子さまは…

「相変わらずですねケリー様。

 では明日放課後に私とケインさんで商会店舗へお伺いしますから、事前手配をお願いします」

ほらみろ、ルイーズもちょっとむっとしてる。

「それにしてもルイーズ、彼は情熱的だねぇ。

 前回の依頼もキミを護るために受けてくれたし、『彼女の意思を尊重しろ』だなんて真に迫って…」

「おいそれはいいから本筋の話をしろ」

「えっ、やっぱりケインさん、私と…」ポッ

「ほらぁ、この期に及んで前回の反省出来てねぇなケリー坊。

 そろそろハラへったからよ、話早く済ませて食事にしよーぜ」

「はは、二人とも面白いね。

 さてそれではこれからの計画を説明しようか。


 ベルリンでエルマー兄さんとティナ姉さんの挙式が行われるのは、10月下旬。

 ウィーンからベルリンまで、アウストリの前線都市プラハを経由して700kmほど。

父上は馬車と騎兵隊でザグレヴから一週間の強行スケジュールで行く予定、でないと国内行事が成り立たない。

一方母上は体調不良を理由に公務を休んでおられるから、時間に余裕はある。

 もうザグレヴを出発していて、来週末にはウィーンへいらっしゃるから、少し休んでからおよそ2週間かけてベルリンまで行く。

 式典後はそのまま北上してバルト帝国のイエテボリへ行き、ユリア様のところで療養のため越冬する予定だ」

「寒くないのか?」

「冬の間はここより寒いが、それでもバルト海は凍るほど寒くはならない。

式典の頃はちょうど越冬祭りで賑やかだから平気だろう」

「いや母上の体調的に平気か、という意味だが」

「良くはない。

 良くはないが、早くもできない、後回しにもできない。

長旅に耐える体力を考えると、今このタイミングしかない。

 病状は…シティア様、説明をお願いしても?」


「いいよ。

 ケリーの母レイチェルは、恐らく乳がんだ。

 これはユリアと遠隔相談の結果だから確定じゃないが、胸のしこりや倦怠感からおそらく間違いない。

 今は対処療法で進行を遅らせてるが、そろそろ誤魔化しも利かなくなってきた。

 ユリアは薬学や医療、特に婦人系の病気に強いから、治すなら早い方が良い、でないとレイチェルはまだ若いから、あっという間に転移する可能性がある。

 オレもケアしながら付いていく予定だから、ケインも同行よろしくな」

「ユリアさんとやらをこっちに呼ぶことはできないのか?

 一国の王妃を動かすのはリスクが大きいと思うが…」

「あいつは重度の引きこもりでな、ちと動けない理由もあるんだ。

 ま、行けばわかるさ」

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