044 tr38, prelude of soul/魂の前奏曲

事件の規模は大きかったものの、現場検証は7日間ほどで切り上げとなった。

主犯逃走を確認済みである事、領軍滞在の負担が大きく活動に不安が出た事、一連のシナリオプランが出来上がった事が大きいようだ。

粉の入った袋や修道院で栽培されていた薬草の数々は、押収品から幾分か分けてもらい土産とした。


帰りはどうしよう…と案じていると、領主代行のゾフィさんが何と船舶を手配してくれるという。

プロイセンの西部シュバルツヴァルトからルスカーヤにほど近い黒海まで、3,000km近い流域を誇るドナウ川、その流路は何とこのフランケンスタイン村のすぐ近くを通り、ウィーンの中心を流れるドナウ川と同一の河川だという。

尤も通商に利用されることが多く、専用船を増便とはいかないので定期便にお邪魔できる程度だが、それでも通商協定の恩恵をここで受けるとは。


フランケン地方はアウストリより上流のため、乗り込む船は川を下る方向になる。

最寄りの船着き場であるアンベルクへの移動と中継地点の荷捌きを含めても8日間ほどで到着予定だ。

そりゃオレとタロジロだけなら半分以下の旅程で動けるが、エルンさんやウィリ&メアリ、馬、荷物諸々を考えるとそうもいかない。

申し出を有り難く受けることにした。



――――――――――



「おかえりなさいケインさん!

 寂しかったです!」

喜色満面のルイーズさん、キミも元気だね。


ウィーンに到着して数日、オズモシス商会へ馬を返し渡せる珍品を渡し、ウィリアムさんを正式に移住登録するための手続きに付き合い、グリグリメガネをやめたらやたら声のかかるエルンさんの護衛代わりをし、タロジロと狩りをして過ごした。


この世界、基本的に暦は元の世界と一緒だ。

高等学校は1週間のうち一日だけ、日曜日休み。

宿に戻っていることが何処となく伝わったようで、予告なしに最初の日曜朝からルイーズさんが扉の前でニコニコしていらっしゃった。

…心臓に悪いよ、連絡しなかった俺も悪いが。


「もう、帰ったら知らせてください。

 今日は一日、お買い物とお食事に行きますからね!

 あ、もちろんタウルもジェーロも一緒に!」

ああそうだった、アウストリなら鎖はいらないんだっけ。

しかしジロは体高1.2m、タロは1.4mくらいあるぞ…そろそろ『黙れ小僧!』とか云われないかしら。

手紙に書いた約束だ、今日はルイーズとデート、タロジロを添えて。


だが、まだやらねばならぬことが残っている。

その一つ、ケリー『王子殿下』との対面だ。

事情を知らなかったゾフィさんの言い分を信じるなら、クリスティーナ『王女殿下』とこれから婚姻するアウストリ帝国の大使にしてフルヴァツカ王国の王子『エルマー』殿下、そしてオズモシス商会を通じて血縁の兄弟として協力した商会会長は間違いなく王族だ。

本人らは敢えて伏せていたし、何より務めて隠してたヨルグへの義理もあるから、オズモシス商会会長にして高等学園生徒のケリーとして接するけど。



――――――――――



ルイーズと朝市からお買い物コースの途中、オズモシス商会の店舗に寄る。

「あれ、ケインさん良く知ってますね!

 ここはフルヴァツカに本店があって、海外にも拠点のある大きな貿易商なんですよ!

 お父様も商売の関係で良くお世話になってるんですよ」

「ああ、実は今回の仕事はここと関連があったんだ。

 おっとそこの店員さん、会長にこの手紙を渡しといてもらえるか。

 ニュルンベルク帰りのケインから、と云えば通るはず」

予め日曜の晩にルーディの店で報告したい旨を書いた手紙を準備していたので、それを渡す。

ルイーズに関連はあるが、あまり知らせたくない。


オズモシス商会で舶来品を眺めたり書籍を閲覧したり、そこそこ時間が経つうちに先ほどの店員より手紙を渡された。

『OK、今晩19:00にレストラン・フルヴァツカ・グラーフの奥の個室で待つ』との返信。



「ルー、申し訳ない。

 今晩は人と会う予定になりそうだから、グラーフレストランは昼食で行かないか。

 その方が、ゆっくり時間を取って旅の話もできる」

「いいですよ、夜は明日の準備もしたいですからね。

 これでも真面目に学生してるんです、魔術のお話とっても役に立ってます」

「ああ、それならエルンさんにケミカルの、ウィリアムさんにバイオロジーの話を随分したから、魔術に飽きてもいっぱい課題あるぞ」

「えぇー!なんですかそれ聞いてません!

 ちょっと早いですが早速ルーディのお店に行きましょう!」



楽しいひと時はあっという間に過ぎ去り。

そろそろ薄暗くなる頃合い、山ほどの荷物を抱えてルイーズの学生寮までついて行く。

「今日はありがとう!

 授業のある日は忙しいけど、でも毎日じゃなくていいから夕食は一緒しましょうね。

 随分帰ってこなかったし、ケインさんまたすぐ出発しちゃうんでしょ…」

そう云われると辛い、不義理を働いている自覚はあるから。

「…ケインさん、ちょっと膝立ちになれますか?」

「?ああ、こうか?」


チュッ


おでこにキスされ、首筋に抱き着かれた。


「…寂しくなるから、今だけでも甘えさせてください…」


敵わんなあ。

そっと抱き寄せ、沈黙のひと時。



――――――――――



さあ、ケリーに会わねば。

依頼はこなした、これ以上付き合う理由もないはずだ。

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