043 tr37, end of all days/日常の終わり

事件が事件だけに、そのままハイサヨナラとは行かなくなった。

村長の采配で早馬を使いニュルンベルクまで通報しに行き、また近隣の村落にも警告を兼ねて一斉に連絡を飛ばす。


フランケンスタイン村がかなり手薄になってしまうので我々は残り、遺体の埋葬を手伝う。

タロもジロも最初は怖がられたが、無害だと知るや白いジロは子供たちの相手に大忙しだ。

タロはふいっといなくなり、相変わらず狩りをしてきてくれる。

村人もだいぶ少なくなったので、食料を調達してくれるのは非常に助かる。

けっきょく、鎖には繋がずに済んだ。


先の闘いで痺れた左手は入念に川で洗い流したものの、2~3日はまともに握ることも適わなかった。

吸引したらどうなるか…。

他に怪我らしい怪我はなかったからよかったものの、片腕で墓堀りは辛かった。


ニュルンベルクでは軍隊が動き、領主代理まで来ることになった。

渋い顔をするエルンさん。

「彼女はここら一帯バイエルン選帝侯の庶子でな、ニュルンベルク領主代行ってのは兄ちゃんだで。

 子供の頃はここの村で母ちゃんと暮らしてただに、学究の才が認められた途端迎えに来てなぁ…

 あんまり会いたくねんだろな」

こっそりウィリアムさんが教えてくれた。



――――――――――



幸い近隣で大きな被害は出ていなかった。

フランケンスタイン村の住民のうち、本気で逃げたものはバツが悪そうに帰ってきた。

だが若者を中心に男性100名近くは依然行方不明、エルンさん曰く「おそらく吸血鬼化してサムリやヨッヘンについていったのだろう」とのこと。

エルンさんとウィリアムさんの仮説では、吸血鬼とは胃の中に寄生虫を飼っており、その餌として人間の血を摂取し、育成や免疫の抑制としてあの粉が使われるのだろう、と。


追認するかのように、近くの廃修道院では数多くの罠と共に栽培中のトリカブトや麻が発見された。

ここ数年出入りしていた妙な人間はここの管理者で、これら薬草は例の粉の原料の一つとして利用された可能性が高い。

奇しくも今時期はトリカブト、モンクフードの開花時期で、紫色のフードを下ろしたかのような花弁が咲き乱れていた。


ヌルヌル、石油由来の筈の絶縁鉱油は全く痕跡・由来不明だ。

何処から運ばれて来たのか、どうやって精製されたのか、また誰がそんな方法知っていたのか…

今更ながらあのヌルヌルマッチョを逃したのは痛い、あの怪物め。

しかし100人近い人間が移動して目立たないわけない、絶対に何か見落としてる筈。

今は未だ、情報不足だ。



――――――――――



事件から1週間、ようやく領軍が到着した。

アウストリと違いプロイセンは各領主に自治権が認められ、また貴族は強権だ。

「エルンスト!エルンストじゃないか!やっと帰ってきてくれたんだね!!」

亜麻色の髪を整え甘いマスクの優男が、オレの陰に隠れるように立っていたエルンさんを目敏く見つけて駆け寄る。

優男はエルンさんへ抱きつこうとしたものの空振り、めげずに詰め寄るもオレの周りで追いかけっこが始まった。

「やめてくださいっ、養子縁組の話はお断りした筈です。

 今回はウィリアムを迎えに来ただけです!」

 私はもう婚約した身、今更バイエルンには戻りません」

え、誰と?

…おい、なんで腕組んでくる!



「ああ、そういうことか。

 またややこしい相手を連れてくるじゃあないか…」

一時かなり緊張感が走ったものの、エルンさんに横腹をつつかれ『あの銀時計見せなさい』と懐から取り出すと、追及の手を緩めた。

「ちょうど先週、プロイセン国王陛下と王女殿下がバイエルン州都ミュンヘン周遊からニュルンベルクを訪れてね、その際フルヴァツカの王子殿下もご同行なさっていた。

 アウストリ帝国との停戦から休戦への協定再締結と通商協定の締結、女王殿下と王国王子殿下の婚姻を両国挙げて大々的に祝うから、今アウストリの縁者と問題は起こせないのだよ」

聞き捨てならない単語がいくつも並ぶが、敢えて口には出すまい。

察したウィリアムさんは目を白黒させながらも黙って座っている、賢いな。


「いいかい、長年行方の知れなかったプロイセン帝国の重鎮・選定侯の一人であるヴィッテルスバッハ家当主の庶子を、たまたまフルヴァツカの王家が見つけた。

 彼女は既にフルヴァツカ王の縁者と婚約しており、休戦及びプロイセンの王女殿下とフルヴァツカの王子殿下の婚姻を機に実家への報告をするために地元を訪れた。


 …そういうことにしておきたまえ。

 我々プロイセンの貴族には面子と云うものがあってな、こうしておけばヴィッテルスバッハは王族派支持のメンツが立つ、事件の顛末も王族を狙ったテロ一味の所為にできる、キミらはこの後も行動の自由を確保できる。

 エルンストよ、書類上の血縁なぞ重要ではないのだ。

 大事なのはキミが選帝侯の庶子である確たる証拠と、他人に問われた時の態度だ。

 母の形見のロケットは持っているんだろう?」

しぶしぶながら胸元からペンダントを引き出すエルンさん。

片面に見事な赤髪の赤子を抱えた聖母像が描かれたそのロケットは、おそらく彼女の母に選帝侯が贈ったものだろう。

もう片面はカイゼル髭の貴族、バイエルン選帝侯だろうか。



彼女のグリグリメガネに手をかけ、そっと外す領主代行。

「エルンスト、お前が妹と知れた日から大事にしたいと思ってきたのは本当の事だ。

 本音を言うなら、まっさらなお前を今でも今すぐに迎えに行きたい。

 なまじ地位の高い家柄だと、肉親すら信用できないときがあるからな。

 だが我々も若いままではない、立場もできてしまう。

 避けられるのは仕方ないが、せめて気持ちだけは信じてほしい」

「…ゾフィ兄さん、わかったよ。

 私の負けだ。

 事件の捜査が済んだら私たちはアウストリへ帰る、兄さんには今度手紙でも書く、あとここまで来たんだから母の墓参りくらいは付き合ってほしい、私からの提案はその3つ」

「エルン!」

ハグは避けられた。

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