042 tr36, bring me down/落胆させる
トニと呼ばれた、左側の巨体が予告なしに剣を突き出す。
予め発電して電位差が見えていたので、これは躱す。
少し影になるよう移動していたユハは懐に手を入れていたようで、前に出ようとしたオレに袋を投げつける。
これが例の粉ってヤツか。
中身を吸う気はないので左手で受け取る…が、急に左手が重くなった気がする。
「けっ、ユハのへったくそめ!」
トニは剣を乱暴に振りながら悪態をつく…が、太刀筋も何もあったもんじゃない。
オレは後退するだけだが、仲間のユハは戸惑ったような顔で近寄れない。
試しに左手で受け取った袋を見せつけると、むしゃぶりつくように袋へ引き寄せられるトニ。
「ヘヘッ、あんがとよ!コイツとニンゲンいたぶるのが楽しみでこのクソッタレ稼業やってんだよ!」
ああだめだコイツ。
顔に投げつけ視線を逸らせた隙に股間を蹴り上げ、泡吹かせて倒す。
「ああっ!ムダなことすんじゃねー!
こいつ手に入れるためにどんだけ苦労したか!」
コイツもアホだ、この状況で袋に気を取られてら。
延髄に踵を落とし、こっちもノックアウト。
しかしなんだこの粉っての、前にも浴びせられたが痺れが酷い。
即効性の麻薬か毒薬か?
吸血鬼の連中は、これが有り難いのか…?
持ち帰って、ケリーへの土産にしてやる。
――――――――――
「おう、もう終わりかよ使えねーな。
こっちも準備できたからよ、ちょっくら遊んでくれよチビハゲちゃーんwww」
「うわキモッ、ぬらぬらの半裸オッサンがポージングすな!」
「なんだと、この肉体美が解らんか!
フロントバイセップ!フンッ、ハッ!!」
調子に乗ってんじゃねえ、こんなやつスタンガンで一発だ。
「ハハッ、巧くいったじゃねーか!
やっぱドラクル様の云うことは間違いねぇ、チビハゲのビリビリはこれで封じた!」
半裸の上半身に塗られた油、あれは絶縁油だ。
しかしふつうは鉱物油でも石油由来なのに、どっから出てきたんだ・・・?
「オマケにこの棒ならそのビリビリが伝わらねぇって教えてもらったぜ!
オラ、そろそろくたばれ」
暴風のように鉄の塊をこん棒で振り回すヨッヘン、避けるのは簡単だが左腕の麻痺でバランスが悪く、懐に入り難い。
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ!」
時々背中を向けるので右手でパンチを入れても、ヌルっとして打撃にならない。
むしろヌルヌルで余計気持ち悪い。
右に左に避けては移動、さっき倒れた二人のところへ誘導する。
…あった、トニと呼ばれてた方の剣。
今までじっと隠れて待たせていたタロに「ゴー!」と声をかけ、ヨッヘンに飛びかからせる。
「うぉ、なんだ魔獣か?!どこに居やがったこの黒犬!」
こん棒を取り落とし気を逸らしたタイミングで剣を拾い、フェンシングのように右腕でヨッヘンの右肩を刺し、すかさず電撃!
「ぎゃあぁぁぁいでででででででで!」
フル電撃はまた倒れるので、電圧は低め、電流多めで電気を流し込む。
電流は心臓に行かず地面に抜けたようで、右腕と右足はギュッと曲がり縮こまり、若干焦げた匂いがする。
すかさずとどめを刺そうと近づくと、さっきの小男が呼んだ増援がワラワラやってきた。
「だっ、旦那!オ、オマエラそこのデカハゲに突撃しろ!」
素直に従う兵士たち…チビでもデカでもハゲ呼ばわりは変わらんか。
まあ毛はないけど。
タロと共にスローな動きの兵隊を倒しているうちに、気が付くと小男サムリも巨人ヨッヘンも姿を消していた。
逃げたんならいい、残党を潰さないとウィリアムさんが危険だ。
村の中にもう人影はないが、外れにある倉の扉で呆然と立ち尽くすウィリアムさんを見つけた
「じ…地獄だ、中を見ちゃいけねぇ」
とはいえそうもいかずウィリアムさんの頭越しに中を覗くと…首の大動脈に噛り付き愉悦の表情をした男が数名、足元には夥しい数の死体が積み重なっていた。
――――――――――
「オラが知る限り、人間の血液を人間が啜っても良いこたぁないはずだ。
口の中が鉄味でいっぱいになるし、病気も移りやすい。
コイツラなんで血液にこだわるんだ?」
暴れる居残りの数人を捕まえたあと、ポツリとウィリアムさんはつぶやいた。
村人500人近くのうち生き残りは半分以下、殺されたのは数十人だが残りは自主的に村から飛び出していったらしい。
一晩で村ひとつ壊滅って…なんという恐ろしいことやってるんだ。
生き残り総出で遺体を倉から出して並べるも、顔色が青から白になったウィリアムさんにエルンさんを呼びに行ってもらう。
放っておけないくらい悲惨な表情だったし、満場一致で追い出されたともいう。
村長に確認してもらったところ、亡くなったものの多くは年頃の女性、居なくなったのは幅広い年齢の男性だった。
残るは老人か子供、怪我人も多い。
村長さん、頭抱えて蹲ったきり動かないよ…
「これはまた悲惨だねぇ…リズもやられたか」
眉をひそめ、遺体を見て回るエルンさん。
「ウィリ、キミはリズと結婚したんだったか。
子供はいないのか?」
「居ただが、そこの金髪碧眼の小さな遺体がうちの娘、キャロルだ。
だが遺伝的にオラと赤髪茶目のリズじゃあ、金髪も碧眼も生まれる訳がねえ。
それにオラぁリズと結婚以来一度も一緒の床に寝た事すら無え、どの道子供はできる訳ねえ」
「え?」
「知ってただ、リズはトーマスと愛し合ってただ。
オラぁ訛りもひでえし頭も回られねぇ、羊を追っかけて良く家に帰られんから、トーマスが家の番と称してオラん家に入り浸ってただ。
けど、オラぁキャロルも可愛かったし嫁さんも親友も失いたくなくて、ずっと黙ってただ…」
「トーマスは金髪碧眼だったな」
「けど、踏ん切りがついただ。
もうキャロルもリズも死んだ、トーマスも居ない、残ったのは前にエルから餞別で貰った愛犬メアリだけだぁ。
そのエルが来たってことは、ヴィー達のところへ連れて行きてえんだろ?」
「まあな…。
ウィリは決して頭は回らないわけじゃない、少し気が弱いだけだ」
「言ってくれるなあ…昔からヴィーにもエルにも敵わねえ。
ええよ、メアリと一緒でいいなら、どこへだって連れていって欲しい」
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