039 tr33, soundchaser/音を追うもの

『親愛なる黒ヤギさんへ

 やぎさんゆうびんですね、私の小さいころに曾祖母も良く歌ってくれました。

 また貴方と合奏したいです。

 先生や兄さん達と魔術の話で盛り上がり、今皆で算術と見比べたり試行錯誤中です。

 居なくなって寂しくなると思っていましたが、学問も友人も楽しくて少しだけ気は紛れました。

 ………

 ……

 …

 戻ったら、食事をしながらたくさんお話ししましょうね。

涙で目が赤くなっちゃいます。

 白ヤギ改め白うさぎより』



――――――――――



手紙を受け取った翌日、出発の準備も整った。

クリスティーナさんはもう昨日からベッドから出て新生児をあやしている。

大使は補助杖が必要だが、ヨルグは動き回ってやる気満々だ。

事が事なのでプロイセン側も配慮し、軍を動かして護送してくれるそうだ。

オレ、要らなくね?

…と思ったが、そこは信用問題で私兵をつけたいんだって。


そして追加オーダー。

ウィーンからの定期便でやってきた学園都市の研究員を随行させてほしい、とのこと。

錬金術の専門家、濃い茶髪にグリグリメガネの女性で、スタイルや顔の造りは良いんだが頭はボサボサだ。

「まったくキミら巨人は、目立つくせに探してもいないんだ。

 変人ヴィクターから聞いたよ、色々不可思議なアイデアを出したり見識がありそうじゃないか。

 私はエルンスト・ウォルトン、エルンと呼んでくれたまえ。

 ヴィクターと同郷の出身だが、急遽里帰りする用ができてね。

 ミュンヘンまでは皆と同行し、そこから先はフランク地方へ私とケインで向かうことになる。

 短い旅だが、よろしく」

「ケリーやエルマーとは同意済か?」

「ああ、問題ない。後追いで良ければ契約書を出しても良い」

「分かった、そっちで話が済んでるならオレから云う事はない」

帰ったらケリーに云いたいことは山ほどあるが。



ザルツブルグは国境の町でもあり、厳めしい門を超えると直ぐに国境を越えプロイセン帝国だ。

壁を抜けた瞬間、舗装具合が明らかに違う。

三重帝国はさほど激戦ではなかったものの、西のフローリアと東のルスカーヤで挟撃され国として疲弊している様が窺える。


プロイセン側の兵隊たちはどことなく疲れ顔、装備も金属は頭部・胸部のみで、銃も全員分はない。

新生児とクリスティーナさんは大丈夫か?と思ったが、そちらはなんと左右の車輪を軸で繋げない独立懸架式サスペンションの馬車だった。

とはいえどうしても慎重に動かざるを得ない。


行く先のミュンヘンはザルツブルグから真西へ100kmほど先のキームゼー湖を更に北西へ50kmほど、全行程150kmほどの場所だ。

早掛けの馬やオレとヨルグなら1日で行かれる距離を、行軍に合わせて5日間かけて移動する。

数十人規模の行軍には手を出さない程度の知恵はあったようで、タロ・ジロも大あくびするほど平和な移動だった。


幸いアウストリ語とプロイセン語はほとんど同じだったので、ここでも暇つぶしに兵隊たちに石礫ゲームで儲けさせてもらった。

ヨルグは腕相撲勝負でオレに負けて、異常に悔しがってた。

エルンさんは…移動中ずっと話してた、いや喋られてた。

隙を見てはエルマーさんが寄ってきてはクリスティーナさんに睨まれるまでが天丼、微笑ましい。

オレとの話で聞いた限り、この世界の錬金術は前世のアルケミー同様、宗教観と経験則の蓄積だ。

その内、オカルトとケミカルの違いでも話しておきたい。

つかサイエンスはどこ行った?



――――――――――



平和のうちにミュンヘンへ到着。

敵国とはいえ大都市、活気があるなぁ…と思ったら様子が違う。

国王来訪中とのことで、警備が厳重だ。

「ああ、その件は大丈夫だ。

 我々はフルヴァツカの大使館へ向かい、手続きすればキミの護衛業務はひとまず終了だ。

 あとはエルンさんに同行してウィーンへ行ってくれ。

ティナの件は世話になった、ありがとう」

エルマーさん苦労性だな。

でも移動中のアレを見ちゃうと、案外暴れん坊なのかも。

帝国大使館じゃなくてフルヴァツカの方なのは、クリスティーナさんや国王がらみらしい。


「ケインよう、お前さん良かったらこのままオズモシスへ来ないか?

 オレに腕相撲で勝つ奴は、巨人含めて生涯で初めてだ。

 それにあの…何だ?ビリビリするやつ、あれ私にも教えてくれよ」

「悪いがオレはまだやることがある。

 今後また会うかもしれないが、その時は敵でないことを祈るよ」

「おーおっかねぇ、まあまた酒でも呑み行こうぜ。

 怪我を早く治さにゃならんから、今日はここまでだな」

警護優先と明言しないところがヨルグなりの気遣いか。



――――――――――



大使やその他兵隊たちとも別れの挨拶をし、本日は大使の手配した宿で一泊。

ついでに明日以降の旅の準備だ。

プロイセンが戦争で疲弊しているのは事実のようで、大都市ミュンヘンといえども店頭に置かれた品物は少なく、またアウストリに比べ物価は高い。

おまけにオレはプロイセン銀貨を持ってないので、両替ついでにアウストリ商会の店舗を紹介してもらい、エルンさんとタロ、ジロを伴って野宿用の装備を追加お買い物。

護衛の依頼を受けた際に殆ど着の身着のままで来たし、特に今回は女性同伴だ。


「馬は?」

「今回は無しかな。

 目立ちたくないし、予算もない」

「いやオレが居る時点で目立つに決まってるだろ。

 エルマーさんかヨルグに掛け合って、融通してもらってきな」

「えっ、なんで私?」

「乗るのはエルンさんだろ、オレもタロジロも馬は不要だ」

「しょうがないなぁ、あの人面倒なんだよ。

じゃあ帰りに大使館へ一緒に行こう」

「しょうがないなぁ、アンタも十分面倒だよ」

「良いじゃないか、その分サービスするよ」

「サービス分は移動に当てれ」

「えー」



最後にプロイセンのローカルルールで、都市に入るときは狼に首輪をつけろ、と店の人に忠告された。

二頭とも体高1m超えてて怖がられるから、鎖で繋いでないと町はおろか村でも出入り禁止になると。

とはいえお仕着せのモノなんてないから、フック付きの鉄鎖5mを2本、1本あたり20kg。

専用の麻袋も準備してもらい、結構な金額を支払う。

想定外の買い物だな…

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