035 bonus06, blister exists/目の前の嫌な奴

嫌な汗をかいた。

巨人は総じて情動的だが、ヨルグの反応速度を超えるとは予想外だ。

思ったより良い拾いものかもしれない、ブリャチスラヴィチを怒らせないよう慎重に引き込むか。



――――――――――



ブリャチスラヴィチの末娘と縁談を持ち掛けたのは今から5年前、私が15歳の頃だった。

当時彼女はまだ9歳、一般学校に通う生徒だった。

有力者の一族として熾烈な社交場となる帝立学校は避け、地元で大事に育てられていると聞いた。


彼女と初めて会ったのは、ロヴィニで始めたばかりの貿易の買い付けに行った時だ。

周囲から浮くほど目立つ可憐な容姿の子供は、しかし同じくらいの年頃の子に酷く苛められていた。

悪ガキ共を注意するも罵倒され逃げられてしまった。


女の子はうつろな目で「ありがとうございます、でも平気です」とフラフラ離れていこうとする。

危なっかしいので一緒に帰ろうと申し出、乗合馬車から領主館へ向かった。

そういえば父の姉の孫、従姪はアストリア領主だったか。


「ようこそおいでくださいましたケリー王子、本日はどのようなご用件でしょうか」

「突然すまないねイヴァン伯爵、いや従兄殿とお呼びすべきか。

 今日は私用でロヴィニへ来ていたんだが、気になる光景を目にしてね」

「ほう?」

「小さな女の子が男の子たちに苛められていてね、咎めたら男の子たちは散ってしまったのだが、女の子は元気なく乗合馬車に乗ってここまで来てね。

 家庭の事情だからあまり首は突っ込みたくないんだが、イヴァン殿ご存じか心配になってね」

「ははあ…それは末娘のルイーズですな。

あの娘は周囲にあまり興味を持てないようで、家に帰ってもあまり話をせんのです。

 私が帰宅してもあまり顔を合わせませんし、心を開いているのは母方の祖母くらいでしてな…」


その後の話で、彼女を取り巻く状況、ブリャチスラヴィチ家の抱える問題が見えてきた。

彼女は、齢9歳にして孤立している。

唯一の味方の祖母もご高齢で小さい子供の体力には付いて行けない、母は自分の出産で亡くなった、上の兄弟たちは皆他所へ行ってしまった、使用人たちは腫物扱いでよそよそしい。


「イヴァン殿、深刻に捉えなくてよいが、彼女と私を婚約関係してはどうか?

 政治の駒にされたくなくて帝立学校へ出してないのだろう、ならばこのフルヴァツカ王国内で私の名前は傘になる。

 いつでも撤回して構わないし喧伝してもしなくてもいい、まずは子供の保護を第一に考えなさい」

「かたじけない、お話があったことを本人や家族には伝えておきましょう」

UMAの剛将として知られるイヴァン伯爵も、家族の事には弱いようだ。



――――――――――



最初の遭遇から4年。

第一王子のエルマー兄さんは三重帝国とプロイセンの停戦協定をまとめ上げる偉業を成し遂げた。

次期フルヴァツカ王として充分な功績だが、まだまだプロイセンとは縁が続きそう。

第二王子ジャック兄さんは相変わらず学園の研究室に籠りきりで、好きなことをしている。

野心がないことだけが救いだが、少しは先の事も考えてほしいものだ。

私の商売は順調だ。

国内はもとより国外でも北と南を結び、西と東へ散らせてゆく。

自然と情報も集まり、国際的な諜報機関も立ち上げた。

表の顔のネームバリューを考えて、少し遅れたが帝立高等学園へも入学した。



なるべく長期に通学をと考え学問半分に教室へ顔を出す放蕩王子の名を恣にしていた頃、それは起きた。

北の豪商メイヤーラッケン商会の娘と同学年で、ブリャチスラヴィチ家の末娘が飛び級入学するという。

入学後会いに行ってみると

「どなたか存じ上げませんが、私に想い人はおりませんし婚約の約束もした覚えはありません。

 お引き取り下さい」

と、取りつく島もなく追い返されてしまった。

ロヴィニの出来事を覚えていないのか父子で話さなかったのか、普段私事には使わない諜報機関を動かして調べる程度にはムキになっていた。


しばらくは学園での接触を試みたが、特に男性生徒に対してはけんもほろろの塩対応。

影では「エイスブリック(氷の眼差し)」「カルタースマガルド(冷たいエメラルド)」「翠玉の君」など、あまり有り難くないあだ名も頂いていたようだ。

調べた入学の経緯を鑑みると当然だが、面白い人材に育った。


…と思っていたら、今年の長期休暇で急変する知らせが届いた。

曰く「ブリャチスラヴィチ家の末娘が男を見つけ、ベタ惚れだ」と。

事実、休暇の最終週には父フィリプ王と私の居たザグレヴで、イヴァン殿が破談を申し入れてきた。

以前婚約の申し入れを喜んでいた父は、破談を受け入れるとしながらも少々落ち込んでいた。


放置していた私も悪いが、少なくとも身分や財産、姿に興味はないと宣言したということだな。



――――――――――



頑固者のあの娘が見込んだ男とはどんなものか、少し試したくなった。

私だって人の子だ、フラれた意趣返しだ。

幸いメイヤーラッケン商会のアルフ嬢が彼とコンタクトをとれたようなので、早々に交渉を持ち掛けた。

彼が求めるのは政治か、名誉か、情報か、金銭か、感情か。

巨人族然たる見た目の通り、彼は情を選んだ。

同じく巨人族のヨルグ・ミカを活用して、私の駒として引き込めるかもしれない。


巨人族は、慢性的に人手不足だ。

私の商会で常駐する者はヨルグ含め4名、UMAでも20名、王国全体でも3桁に届かない。

ルイーズ嬢には悪いが、王国のために役立ってもらおう。



少し気になるのは、どうも彼は戦いに特化した人間ではなさそうと云う点だ。

アルフ嬢の報告では、魔術に算術の理論を織り込むアイデアを出してヴィクターが大興奮したと聞く。

あの朴念仁が興奮する姿なぞ、誰も見たことないと思うが…

ヴィクターからエルンをつつかせて、ウィリアムを連れ込む手助けにも使えそうだ。

ジャック兄さんのおもちゃにならないよう気をつけねば。


それに先ほどの演奏。

転移者とは聞いていたが、他の転移者から聴いた覚えのない演奏曲も交じっていた。

曲自体の完成度から彼のオリジナルとは思えないが、音は悪くなかった。

これは別件で、後々使えそうだ。


私のオズモシス商会名義で、エルマー兄さんの手助けとして今回の依頼で試そう。

細かい指示をヨルグに託して、あとは帰りを待つ。

次は母の件か、最近容態も良くない日が続き気になる。

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