034 tr29, fast as a shark/サメより速けりゃ助かるぜ

ルーディから紹介された彼女の両親が経営する食堂は、オレの泊まる宿からほど近い”レストラン フルヴァツカ・グラーフ”だった。

前世のイタリア料理店に佇まいの似た、高級感がありながら入店しやすい雰囲気のある良い店だ。

通りには席を用意せず、建物内には個室を含めた大きなスペースを食事エリアに取っている。

…というのが外からガラス窓から見えるとか、侮れない。

ちょっとタロ・ジロを連れて入るようなグレードの店ではなかったので、二頭は先に宿へ戻ってもらう。


「いらっしゃい、ルーディのお友達御一行様だね。

話は聞いてるよ。

今日は立食形式だから席はないけど、奥にちょっとした演奏スペースがあるから楽器演奏はそちらでどうぞ」

店内チェックしていた人の良さそうな、清潔な調理服姿のオッサンがニコニコ挨拶。

衛生面は相当気にしてるのだろう、髪は短く髭も剃ってさっぱり顔だ。

ルイーズにそっくりな面長だけど、横に大きいのでクマプーさんぽい。


次いで厨房の方から調理服のルーディとズボン式ウェイトレスの格好をした美人の女性が出てきた。

「いらっしゃい、来てくれてありがとう!

 今日はクラスのほかの子や私の友達で貸し切りだから、気楽に過ごしてねー!

 私も準備終わったらお店の方に出るよー!」

「まあ、この子ったらいつまでも子供ねぇ。

 お話は聞きましたよ、フルヴァツカからルイーズさんと一緒にここまで来た、巨人のケインサンですね。

 帰ってからずっと娘からルイーズが婚約者連れてきたよ!と聞かされてました。

 チェロがお上手のようなので、皆さまいらっしゃるまで私たちにもお聞かせいただいても?」

だから婚約はしてねえよ。

…といちいち指摘するのも野暮なので二、三言葉を交わし、奥で調律してから早速演奏。

学園で弾いた曲順に加えて、ジブリやヴィヴァルディも混ぜてちょっとアップテンポを披露しておく。



――――――――――



ひとしきり弾いて日も暮れたころ、気が付くと招待客はおおよそ集まったのか人入りが多い。

立ち上がり礼をすると拍手をもらえた。

お付き合いでも嬉しいね。


適当にステージ近くの食事をとり、飲み食い歓談。

学生街ではあるが、成人した学生や親御さんなど需要は多いのでアルコールは出る。

ほぼ知らない人ばかりのアウェーだが、見た目と演奏である程度こちらの自己紹介は済んでいるので会話自体は簡単だ。

腹も満たされた辺りであちこちから声がかかり、やはりルイーズとの件で電光石火の如くうわさが広まっていたと認識。

そうか、今日は初日で授業もガイダンスメインだから自由時間多かったんだな。


後ろから脇腹をつつかれる。

「ぐお、誰だ」

「私です、アルフですよ。

 さっきはお話ありがとう。

 ケインさんと個室でお話ししたいって人がいるんだけど、行きませんか?」

「…グリグリメガネは却下だぞ」

「あはは、彼女面白いからあまり無碍にしないであげてくださいね!

 別の人です、そこのステージに近い奥の個室です」

「拒否権なしかよ、まあいいや。

 貸し1つなー」

「えー怖いですぅ」



コンコン。

「アルフから聞いて来た、ケインだ」

「今開ける」

ガチャリと扉を引いたのは、なんとオレより高身長の編み髭オッサン。

編み髭!

髪も髭も灰色、目はスカイブルー、目測2.2mを軽く超えてるな。

噂の巨人族か。


その巨人が退くと、席の奥側に仕立ての良い装いの高貴!なオーラを纏う金髪碧眼の若者が微笑んで座っていた。

「よく来てくれたケインくん。

まずは座ってくれ給えよ。

そこの巨人は私の護衛でヨルグ、彼も私の席の隣に座るがよいかな?」

「問題ない、それで用件は?」

「単刀直入だね、嫌いじゃないよそういうやり方も。

キミ、アストリアの方で大活躍だったそうじゃないか。

 その腕を見込んで、仕事を頼みたいんだ」

「断る」

「ははっ、こっちも即断即決か!

 イイネェ!

 理由だけでも聞かせてもらえないか?」

「まずお前はどこの誰だ、信用もないのに荒事に首突っ込めるか。

 それにオレはこれから旅に出る、そのための準備に忙しくなるから得体の知れないことに関わる気はない」

「アルフから聞かなかったのか、それは悪いことをしたね。

 私はここ帝立高等学園の第4学年に通学する生徒だよ。

 名前はケリーとだけ。

 タミーやボブと同級生だ。

 仕事といっても数日間だよ、私もそんな長期間ヨルグを手放せない」

限りなくキナ臭せぇ…身分も名前も敢えて明かさない、仕立ての良い服、直接出てくる、希少な巨人の護衛、自信にあふれる態度、どれ一つ取っても気にくわねぇ。


「…わかった。こちらも疑って済まない。

 仕事の内容は?」

「ふふ、物分かり良いね。

 ここウィーンから真西に向かって300kmほど、ウムゲーブング伯爵領にザルツブルグという都市があってね、そこで待っている要人をプロイセンのミュンヘンまで護衛して送り届けて欲しいんだ。

 知っていると思うけれど、今三重帝国とプロイセンは停戦協定を締結している。

 この時期に両国間で問題を起こされると困るんだよ」

「そこのヨルグ一人じゃ出来ないのか?」

「護衛業務だと、一人では厳しい。

 本当は巨人で最低3名は欲しいが、私も人手不足に悩んでいてね…」

「巨人にこだわる理由はなんだ?」

「機動力。

 時間がないんだ。

 本当は今すぐ出発してもらいたいところだけれど、待ち合わせは明後日の夕方。

 馬車では間に合わない、早馬なら間に合うが疲弊して護衛どころじゃないんだ。

 巨人なら少々の無理で間に合う。

 手続きや多少の融通は利かせるから、この通りお願いできないか」

泣き落としズルい、本格的にキナ臭い。


「…」

「私は学生だが、貿易の商いもしていてね。

 アルフは取引先のお嬢様だし、ブリャチスラヴィチ家はお得意様の一族だ。

 以前からルイーズと縁談の話があってね、今は保留の状態なんだよ。

 私が結婚したいと言えばどうn」

バッと彼の胸ぐらを掴む。

一瞬遅れ、制するようにヨルグがオレの手首を掴む。

「てめえ!」

「貴様!で、若に何をする!」

「ヨルグ止せ、いいんだ。

 キミの条件を聞こうじゃないか」

「…ルイーズを引き合いに出すな。

 本人の意思を尊重しろ、彼女がお前を選ぶなら文句はないが、強要するんじゃねぇ。

 それからお前からの依頼はこれっきりだ、二度とやらねぇ。

 約束を守るんなら、今回は受ける」

襟から手を放し、ヨルグの手を振り払う。


「ふー、なかなか情熱的だね。

 ルイーズのことは心配しなくていい、先方からお断りを受けたよ。

 引き受けてくれるなら、明日早朝05:00にキミの宿までヨルグを向かわそう。

 予定では往復でおよそ6日間、トラブル等で遅延の可能性はある。

 報酬は一日あたり銀貨10枚と緊急対応の特別手当、不在中の宿賃や装備品は別に出そう。

狼たちは連れて行って構わないよ。

 旅の装備はこっちで準備するから、荷物は不要だ。

 詳細は、旅すがらヨルグから聞いて欲しい」

「わかった」

ちょっとイヤミでぎゅっと握手。

学生は手加減したが、ヨルグはさすが巨人でなかなか強い。

ま、無理はしないけど。


「あ、それからこの懐中時計をプレゼントしよう。

 お近づきのしるしだ。

 困ったら、帝国の人間に見せると良い」

「…そうか、じゃあ預かっておく」

文字盤の蓋は国旗?複雑な文様が彫金され、裏側には”05”と刻印されている。

竜頭も凝った作りで、高価そう…怖ぇよ。


「では明日からよろしく、覚悟しとけ」

髭面でニヤリとするヨルグ。

良く見ると、髪も三つ編みで背中まで届いてた。

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