023 tr19, nobody knows/誰も知らない

…二人合わせて8人前ほどの定食を平らげてから会議。

オレはともかく、見た目12歳くらいの少年なシティアは食べたもの何処に入るんだか…


「イヴァン伯爵からシティアに声掛けろって言われてたんだが、なんだ?」

「ああケインよう、お前さん北の方に行ってみないか?」

「北?なんでまた」

「俺の姉妹、ユリアってんだが、そいつがバルト帝国に住んでるんだ。

 バルトってのはプロイセン帝国よりさらに北、冬には海が凍ってお日様が隠れちまう辺りだな。

 近くに巨人族の集落もあるし、ユリアは博識だ。

 これからどうするか、悩んでるんだろ?

 借りを返すチャンスだぜ!」

「まあな…

 だけどこのバーコードで、こっち出身じゃないってわかってるんだろ?

 なんで巨人族??」

「ああ、デカいのはただでさえ目立つんだ。

コッチの世界の連中と、お互い顔見せといた方がいいと思ってよ」


「じゃあその博識な姉妹のユリアってのは?」

「俺の知る限り、一番世界情勢や関連情報を持ってるのは彼女だ。

 基本出無精だが、訪ねていけば色々相手してくれるぜ」

「こんな小さいナリの姉妹じゃ、国中の一般学校でも探しまわるんか?」

「ちっげーよ、おめユリアはボンキュッボンだぜ!

 それに俺ぁこれでも100歳超えてるからな?

 イヴァン坊やだってこーんな小せぇ頃から知ってるかんな!」

親指と人差し指の間1mmで張り合うなし。


「とにかく、だ。

 これから少し時間取ってでも、世界ってもんを知った方がいいんじゃねえか?

 このままこの国(フルヴァツカ)に居続けても悪かねえけど、ツマンネー事に利用されてツマンネー思いするのが関の山だろ。

 イヴァン坊やの婆ちゃん、ルイーズの言うところの曾祖母様な、ドナって名前なんだが、若い時分に彼女と俺と仲間数人で世界中旅したもんだ。

 それこそイウロパ大陸だけじゃなく地中海を挟んだ南側のアフリカ大陸、東側のバハラト=インダス大陸、アジア諸島、極東の葦原中国(あしはらなかつくに)だって行ったさ。

 あの頃は自由で楽しかったなぁ。


 ルイーズはな、ドナにそっくりなんだよ。

見た目も似てるけど、目指したら一直線の危なっかしいやつだった。

まだ学生って枷を抱えてるし周囲も心配して見守ってるが、どこで糸が切れて突っ走るかわかったもんじゃない。

 ケインはずいぶん気に入れられてるから、特に目を掛けてやってほしいんだよ。


 だから、どちらかというと結局俺からのお願いなんけどな…

 近くに居るばかりが優しさじゃない、お前さんもまた今のうちにたくさん学んで悩んでくれ。

 これからもSSSRの同僚と会うだろうし、判断材料は多い方が良いだろ」



――――――――――



それからは、シティアの知っている限りのことを教えてもらった。

・頻繁に出てくるSSSRとはオレの元居た世界じゃ既に崩壊したソヴィエト連邦であること

・空間物理兵器で共産主義世界を無理に近づけたこと

・目的は隕石由来の魔力物質回収にあること

・工作員はバイオ技術で遺伝子操作されたデザインド・チルドレンであること

・時間軸の歪みから同時期に送られた工作員たちの到着時間が100年単位でずれたこと

・工作員同士はある程度面識があること

・当面気を付けるべき工作員、敵と云っても良い、はドラクル・フライタークなる吸血鬼のような男であること

他にも聞いた気がするが、やっぱり思い出せない。

なんだか眠くなってきたので、そのまま解散し宿で横になる。


次の日の朝、走り込み前の柔軟体操をしていると左右両側のスネをがぶり、と噛まれた。

タロとジロだ。

伯爵邸からココまで結構な距離だが…一度来たことあるか。

何がそんなに良かったかワカランが、すっかり懐いてくれたな。



――――――――――



走りながら考える。

目標も目的もなくただ過ごすというのは、存外に辛い。

自ら望んではいないとはいえ、家庭や仕事から趣味から、根こそぎすべて失ったこの喪失感はどうすればいいんだ。

この世界で同じように積み上げたとして、また一握の砂のように零れるのを座視するのか。

何も知らないことが、何より辛い。


以前の自分は、やはり知らないことで辛かったり悔しい思いをすることが多かった。

そんな思いを回避するためには、対象をじっと観察するのだ。

知るために。

知ることで、その対象が何なのかを少しでも理解しようとする。

そうすることで、知らないことを知らない、から一歩進むことができる。


観察し、パターンを見抜き、仮説に当てはめて、証明する計画を立て、実践し、結果を反省して次のアクションにつなげる。

なんだ、難しいことはない。

今までもやってきたことじゃないか。



大きい目標は、元の生活に帰りたい。

だがそのためには高いハードルがいくつもある。

魔術世界から元の世界へ戻るためには膨大なエネルギーが必要だと聞いたが、ならばどのくらいの量をどう使えばいいのか?

他の工作員なら知ってるのか?

何が起こってオレはこんなところに居るのか?

そもそも元の世界でオレの身体はどうなってるんだ?

向こうの事情を知る、情報を入手するだけでもできないのか?


疑問は尽きないものの、なんとなく方針は見えてきた。

やはり、知ることから始めよう。

なぜこの世界だけ魔術などと云うものがあるのか、共産主義と云われているSSSRと工作員たちの意図、元居た資本主義の世界で認識されていること。



…などととりとめもなく考えていると、すっかり昼前になってしまった。

熱い、暑いでなく熱い。

感覚的に120kmは走ったかな、白毛のジロはともかく黒毛のタロは流石にちょっとへばり気味。

こいつらにも、オレは拾った責任取らないとな。

なんて思いながら独りと二頭で河原へ行き、元気いっぱい水浴びしましたとさ。

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