022 tr18, without you/おまえ以外

合奏は、パーティの皆に喜んでもらえた。

ルイーズはフィドル、オレはチェロでアンサンブル的にバッハのフーガやアリアを披露し、ベートヴェンのエリーゼのためにや室内用の楽曲、最後にモーツァルトで締めた。

クラシック音楽は魔術世界でも広く流通しているようで、お祝いの席で突拍子もないことしない方が良いからね。


ブリャチスラヴィチ家の人も良い人ばかりで、他のお集まりだったライカンスロープの方々も近隣在住の友人中心で楽しんでもらえたと思う。


気が晴れないのは、行く先を決められずウジウジしている自分だけだ。

何か、大事なことを忘れている気がする。



――――――――――



イヴァン伯爵にお願いして、何日かロヴィニの宿で過ごすことにした。

どうにも頭の中を整理できない、大事なことを思い出せない感覚が抜けない。

ルイーズにも「少し一人になる時間を作りたい」と伝えた。

心配そうな顔をされたが「ちょっと外泊したい、タロとジロの面倒をお願いしていい?」というと、なぜか納得してくれた。


情けないことにまたもやお小遣いをもらい、ロヴィニの街中で個室の宿をとる。

寝転がったベッドから足ははみ出るが、無いよりはずっと良い。


荷物を置き、市内へ。

あてどもなく市場をフラフラしてると、いつの間にかいつぞやの銀細工の婆さんの露店へ来ていた。

「おや色男、毛生え薬は入荷してないよ」

「うっせーやい、今日も肌艶綺麗な美人だなバアサン」

「ヒッヒッ、やっぱアンタは色男だねぇ。

 どうした、何か探してるのかい?」

「んー、灯台…かな。

 探し物そのものを思い出せないから、せめて何か道標が欲しい。

 行き先がわからなくなった時でも、道半ばとしても目印になってくれる様な」

「ずいぶん哲学的なこと言うねぇ。

 そんなら迷わないように栞…はこないだ買ったじゃないか。

 肝心の航海日誌を忘れてるんじゃないかい?」

「…そうだな、そういえば、そうだ。

 せめて忘れないよう、書いて気を紛らわすのもありか。

 バアサン、なんか良いモンないか?」

「やれやれ、手のかかる迷子だねぇ。

 ウチにゃ置いてないが知り合いの文具屋で日記とメモ紙、旅行用ペンセットを取扱ってるから、そっちで相談してみな。

 パッと見、アンタその体格なら過酷な旅しそうじゃないか。

 道具も用途に合わせないと、直ぐ壊したり持て余しちまうよ」

「…ありがとう、その店行ってみる。

愛してるぜバアサン」

「次来るときはなんか買っていきな!ヒッヒッ」

いいバアサンだな。


露店バアサンの紹介で、少し先の文具店に寄る。

「いらっしゃい。

 何をお探しで?」

「そこの少し先で銀細工のバアサンから紹介されて来た。

 過酷な旅でも耐えそうな日記帳とメモ用紙、あと筆記用具のセットはあるかい?」

「ああ、あのお婆さんも商売長いからねぇ。

 いいですよ、ちょっと見繕ってみましょう」

植物紙が流通しているとはいえ、丈夫さで行ったら羊皮紙が上だ。

日記帳は植物紙製でがっちり外骨格の様な装丁、メモ用紙は羊皮紙の束で削り取り用ナイフとセットだ。

筆記用具は…おや、万年筆じゃないか、念のためペン先も3つ予備で付けてもらう。

あとインク、こちらは使い勝手を考えて通常の青黒水性顔料のものだ。

これで、充分。


「あ、そうだご主人」

「なんでしょう?」

「ついでと云っては失礼だが、室内利用の年間用日記も何冊か欲しいんだが、良いのあるかい?」

「ああ、でしたらこちらどうでしょう」

さすがプロだな、サッとリクエストぴったりのモノが出てくる。

「ありがとう、じゃあこの一通り全部でお会計を」



――――――――――



宿に戻り、荷物を下ろす。

ベッドに寝転がり、頭を整理する。


イヴァン伯爵に見せてもらった地図。

はるか以前に袂を分かち、しかし同じ時間軸に存在する2つ、いや3つの世界。

魔術、資本主義、共産主義。

突然転移され、他人の身体を奪ってしまった自分。

既にこの身体になって2ヶ月以上、この世界で人間関係も出来た。

あまつさえ動物まで拾ってしまい、責任もある。

もう、逃げて元の生活に戻るなんて選択肢は限りなく薄い。

皆の望むようにこのままこの地に根付いて生きていけば、皆幸せだ。

オレ以外。


だが、だけれども。

世界は違っても、もしかしてこの世界でオレの家族はいるかもしれないじゃないか。

生活には困っていなくても、元気に過ごしているか姿だけでも眺めておきたい。

それに、度々出る共産主義世界の計画というのも気になる。

この身体を作った連中が企んでいるようだが、何をしようとしているのか?


そもそもこの身体、立派すぎる。

体力や筋力、瞬発力はもとより、電撃を放てるのが何より不気味。

そりゃ自然界にゃ電気うなぎやシビレエイをはじめ電撃出来る生物はいるが…それを云うならネコジャラシを見てトリカブトの毒がある!と騒ぐようなもんだ。

この身体で何しようとしていたんだ?

可能性だけならいろいろ考えられるが、どれも妄想の域を出ない。

なぜこの身体に40がらみのオッサンであるオレが放り込まれた?


それに、やっぱり大事なことを忘れている気がする。

これから、というと大した違和感はないのに、これまで、というと急に逃げたくなる。

何だっけ…手が震える。



あーやめやめ、違和感はともかく他のはシティアに会えばある程度分かることかもしれない。

明日は港町のメシを堪能しながら、シティアを待つか。



――――――――――



案の定、屋台で謎肉の串焼きを買ったところで肩首に重量物が飛び込んできた。

「おっ、ウマソーな肉じゃん。

 俺にもくれよ!」

「何の肉か答えられたらな」

「牛」

「ぶー、鹿でした。あげねぇ」

「てんちょー!これ何肉?」

「牛だよー」

「ホラ合ってんじゃねーか、カモンドゥザロコモー?」

「チッ、しょうがねーな。

 ほらよ」

「わーいお兄ちゃんありがとー♪」

「素早く喰っとけ、終わったらそこのレストランで海産物のパエリアやピザ食べながら作戦会議だ。

 それからタレこぼすなよ」

「げぇぇ、そんなことしたらエビもカラス貝も食べらんねーじゃねーか!」

クックック、かかったな孔明・・・

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