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食堂で伯爵やルイーズと話をした日の夜。
伯爵の執務室に明かりが灯っているうちに部屋を訪ねる。
コンコン
「はい、どなた?」
「イヴァン伯爵、ケインです」
「おお、珍しいね。
入りたまえ」
「ありがとうございます。
折り入ってお願いがありまして」
「そこのソファに座って待っててもらっていいかね?
これでも軍隊と領地、商売の3つで責任者をやってるのでね」
「お忙しいところ、恐縮です」
「なに、今日の話の続きだろう?
さて、一区切りついたからそちらへ行こう。
どの件かね?」
「世界地図、はお持ちでしょうか。
もし閲覧可能なら、見せていただきたい」
「ほう、なかなか鋭い…と云っても、あれだけヒントがあれば分かるか。
いいだろう、石板と共に伝えられた全世界の地図を見せよう。
だがこれは秘中の秘、口外無用だからね」
それは紙では決してなく、厚いプラペーパーの様な手触り。
1m x 2mほどの大きな紙面を広げ、何やら指示に従い操作する。
そこには・・・オレの前世とほぼ同じ図形の世界地図が表示されていた。
但しそこかしこに虫食いのような形がみられる。
「これは今いるこの世界、魔術世界の地図だ。
ご先祖様は共産主義世界の観測結果から予め準備し、持ち込んだと伝承されている。
次に同じく観測済みの、資本主義世界の地図を重複表示しよう」
・・・見事に海岸線は一致、先ほどの虫食いは隕石落下によるクレーターと説明された。
――――――――――
・ブリテン島、特に南部のロンドン周辺
・ポーランド周辺
・イタリアのピサからフィレンツェ周辺
・地中海と黒海を結ぶブルガリア~トルコ周辺
・エジプト東部、スエズ運河に相当する地中海と紅海を結ぶ地域
・アフリカ中央部スーダン内陸部
・同南アフリカ共和国フレデフォート州
・パキスタン周辺
・インド北部
・中国大陸全域
・朝鮮半島全域
・ロシアバイカル湖西部
・同ロシア東部、イルクーツク
・北アメリカ大陸オレゴン州周辺
・同メキシコ湾
・同五大湖周辺
・同ワシントン州
・南アメリカ大陸ブラジリア近郊
・同アルゼンチン南部
マーキングされ判るだけでもこれだけ、実際にはさらに多くの地域で隕石クレーターが形成されたのだろう。
印象としては、赤道より北の地域で連続的に落下したように見える。
対して資本主義世界で重複した地域はわずかに3か所、ロシアのツングースカ、南北アメリカ大陸中間部のメキシコ湾、そして南アフリカのフレデフォートのみ。
「これが、君の世界とこの世界の違いだ。
どういうことか、解るかね?
SSSRの結論は、このクレーターを形成した隕石こそ魔術物質の源である、ということだ。
我々の世界でもこの地域に近い程、魔力濃度が濃く魔術士が生まれやすいとされているんだ」
更に共産主義世界の地図を重複表示。
魔術世界ほどではないものの、明らかに資本主義世界よりも多くのクレーターがみられた。
「共産主義の連中は、この隕石引き上げを目論んでいる。
個人的見解だけど、魔力自体がなくなることも困るけれど、他の世界とのパイプが出来上がって搾取されるのは困るんだよ。
私の忠誠は、もうフルヴァツカ王家に捧げてしまった」
しばし悩む。
許可をもらい、ユーラシア大陸のあちこちを眺め、ウンウン唸る。
ふと思い出したように伯爵が声をかけた。
「そうだ、シティアから『近いうちに、またロヴィニで会おう』と伝言されたよ。
時々気軽に大変なことを依頼するから、気をつけるといい。
彼に会ったら、ルイーズと共に今後の予定を立てようか。
まずは明後日のパーティ、楽しみなさい。
あんなにコロコロ表情の変わるルイーズは、私も久々に見たよ」
――――――――――
その晩は、結局あまり眠れなかった。
平行世界とは何だろう。
自分はなぜ日本からこの魔術世界へ放り込まれたのだろう、意味はあるのか。
今意識のあるこの身体は、誰のものだ。元の人格はどこへ行ったのか。
元の世界に残された家族はどうなったんだろう
この世界にも、自分やその家族に相当する人々がいるのだろうか。
余計なことをして、この魔術世界を破壊しないだろうか。
…纏まりのない疑問が浮かんでは消え、悩んでも仕方ないとわかりつつも払拭できず、朝日を拝むことになってしまった。
悩んでも仕方ない。
タロもジロも元気いっぱいだ!
先日確認した時よりも更に大きくなったハイイロオオカミの2頭、サブロ・シロ子と比べてもなお大きい。
メラニン色素異常によりタロは黒化で真っ黒、ジロは白化で真っ白。
他二頭はハイイロで順当な大きさに見えるが、サブロの負傷でシロ子は付き添いのまま。
サブロ・シロ子には悪いが、クヨクヨしたときは運動だ。
タロ・ジロをお供にいつもより遠出、8月なのに全身から湯気が出るほどランニングして朝を迎えた。
――――――――――
朝からルイーズが気づかわしげだ。
お祝いの前に心配はかけたくないんだが…どうにも自然に、元気には振る舞えない。
何よりこの娘は聡い、演技ではすぐに見抜かれるだろう。
「ねぇ、ケイン。今日は明日のパーティのために合奏をいろいろ試してみたいんだけど…何か予定はある?」
「いや、予定は特にない。
一緒に演奏しようか」
「ありがとう、せっかくプレゼントしてもらった曲もあるし、楽器の組み合わせもいっぱい試したいな」
こんな人の良い娘さんにまで気を使わせてしまって…本当に不甲斐ない。
「そうだね、じゃあ今日は朝から一日演奏室に行こうか」
「うん!」
いつものイケメン侍従さん、他の人に指示して演奏室の手配してくれるみたい。
つくづく、この人優秀だ。
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