019 tr15, prayers of steel/鋼鉄の祈り
事の起こりは400年ほど前、フルヴァツカよりずっと北の国ルスカーヤの首都モスカウ郊外だった。
二人の人間が、この世界に来た。
ケイン君はもうシティアから聞いたかな、世界は同じ場所に重複しているんだ。
我々の住む魔術世界、日本のある資本主義世界、そしてもう一つ共産主義世界という3つが折り重なって、それぞれが別々に存在している。
資本主義世界はルイーズも知ってるだろう。
彼らは3つめの、共産主義世界からやって来たんだ。
共産主義世界から魔術世界は通常移動できないんだがね。
やってきた二人のうちひとりはフセスラフ・ブリャチスラヴィチ。我々ライカンスロープ一族の始祖。
伝え聞くところによると、彼は当時随一の身体強化人間を以てして『恐ろしいほどの膂力と俊敏さ』と評されていたらしい。
そしてもうひとりがドラクル・フライターク。一昨日墓所に居た、あの顔色の悪い男だ。
彼は到着後に英知を独占し、やがてどこかに隠れたという。
再び目撃されたのは最初の出現から300年後、今からおよそ100年前だ。
マジヤル王国に住むライカンスロープ一族から報告があり、既に我々血族には周知済みだ。
ドラクルは栄養補給が特殊でな、人の血を飲むんだ。
しかも鮮度がどうの、男女差がどうの、年齢がどうのと煩い嗜好でな。
更に毒・劇物の専門家だ。病原体まで駆使して、『眷属』と銘打って絶対服従の奴隷を作り出す。
その眷属を使って商売や人脈作りをするだけでなく、ライカンスロープ狩りまで行う危険人物だ。
先日の騒ぎを起こしたホームズ商会も眷属の巣窟で、よくもまぁ我々のお膝元に潜り込んでからに…根絶やしだ根絶やし…んっん~、ちと取り乱したな。
奴が絡んだ以上フルヴァツカ王国はもとより、アウストリ帝にも報告を回さねばならん。
狙いがヤツの嗜好に合致するルイーズなのか転写者のケイン君なのかは調査中だが、いづれにせよ警戒は必要になることを承知してほしい。
――――――――――
「お父様、質問よろしいでしょうか」
「うん、なんだね?」
「墓所で脅迫された件です、相手の男の子は元一般教養学校の同級生だと自称していました。
私が怪我をさせた、ホームズ商会の子息だと。
彼は私と婚約し、約束を破ったと主張していましたが…本当ですか?」
「半分は本当、半分は彼の思い込みによる妄想だね。
墓所にホームズ商会の父子が居て、表向き今回の事件を主導したことになっている。
そして私は彼とルイーズの婚約は認めていない。
眷属なぞ論外だ。
調べれば調べるほど腸が煮えくり返る思いだが、一連の騒動もあるから二度と彼らを目にすることはないだろうね」
「分かりました。
他に、地元ロヴィニと私に関する事柄はありますか?」
「婚姻・お見合いは昔からうんざりするほど貰っているけれど、すべて断っているよ。
今回の件もあるから、当分は減るだろうね。
面会を求める”自称”友人・知人も多いけど、会うつもりはないだろう?
「はい」
「ならば今まで通りだ、特に問題ないよ。
ケイン君は?」
「ではいくつか。
大まかな周辺状況はわかりました。
イヴァンさんは共産主義世界についてどう思っていますか?
また、彼の世界から送られた他の工作員との関係は?
「はは、いきなりストレートだね。
SSSRの企みは我々の世界を危機に陥れる可能性がある、既にここの住民である私、いや一族共々全力で彼らの計画に抗う、これがライカンスロープの総意だよ。
それから工作員との関係だけど、私は一族を代表した彼らとの連絡手段を持っている。
私自身はSSSRとの関連はもはや全く無いと思っていいよ」
――――――――――
そうだ、せっかくだから工作員との連絡方法と、それ以外の高速連絡手段を教えておこうか。
一つは魔鳩と魔燕だ。
これは魔術世界で魔力を吸って育った鳥のうち、人類で制御可能な品種を改良したものだ。
長距離を短時間で移動できるから、手紙を送るのに向いている。
軍の特殊用途が主で一般には流通していないものの、一般の組木通信や狼煙よりははるかに高速・高性能だ。
私は軍の関係者だから、使う機会も多くてね。
もう一つはこの石板、日本人ならタブレットと云った方が解りやすいかな?
見た目の通りケイン君たちの知るものとはまるで違うけれど、工作員同士の連絡には主にこれを使うんだ。
100km程度の近距離なら遮蔽物がなければ直接石板間で通信出来る。
100kmを超えると月の反射を利用した遠距離になるから、理論上は20,000km近くまで通信できる。
ただ実用的には5,000kmがいいとこだし、時間制限も厳しいから文字数も制限されるよ。
この石板で今回シティアにも緊急連絡したし、組織間の通常伝達も行っている。
あれ、君は持っていない?…ああ、事故や転写で失われたかもしれないね」
「ありがとうございます。
ではもう一つだけ。
オレはこれからどうすればいいんでしょう…」
「あっはは、それは自分で決めたまえよ。
だけどそうだね、ヒントはあげようかな。
君は3つの世界を取り巻く状況をもっと知った方がいい。
そして、ここは平行世界だ。
この意味を、よく考えたまえよ。
さあ、昨日の騒ぎでルイーズの誕生日記念パーティが延期になったままだ。
明後日に仕切り直しするから、今日はこの位にしようか」
――――――――――
とてもありがたい、ここ数ヶ月の追加情報を教えてもらえた。
それに、明後日は仕切り直しのパーティだ。
あまり暗い顔をしてはいられない、居られないんだが…考えなきゃいけないことが多い。
そろそろ安寧に阿ってばかりの状況でもないな。
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