014 tr12, grapes of wrath/怒りのブドウ

ロヴィニへ来てから1か月半ほどか、8月の初め頃。

すっかり伯爵邸にご厄介になりっぱなし、然らずんば文無し穀潰しのままだ。

転生者審査官で通訳してくれた来栖ワイズさんは他でも仕事が控えているとのことで、身体検査から程なく移動していった。

最後にまたバーコード頭を『ふぁさっ』とやってきたので『カトちゃんぺっ』と返しておいた。



自分の傷はすっかり治り、夜明け前から30kmほどランニングするほど体力を持て余している。

狼達もだいぶ大きくなった。

灰色のサブロとシロ子は中型犬より少し大きいくらい、黒白のタロとジロの体高はセントバーナードより高い。

彼らも体力を持て余しがちなので朝は一緒にランニング、シカやイノシシを見つけると投石や彼らの狩りで捕らえ、食事の足しにしてもらっている。

恐ろしいのは、まだ育ち切った感じじゃないところ。

どこまで大きくなるのか…


朝食後、午前中はひたすら騎士団=警備隊と共に体力づくり、基礎訓練。

オジサン、前世は学生時代しか武道やってなかったから新鮮。

戦う時の人の動きと武器を持った時の力の流れ、すごく参考になる。

あ、投石も教えてるし、お互い関係は良いと思うよ。


アウストリ語の方も順調だ。

昼食後はずっとルイーズがついてくれるので、読み書きと共にがっつり鍛えられた。

幾分マイナーなアッペンニーニ共通語やフルヴァツカ語、イストリア語も交えつつ。

あ、これはたぶんチートじゃないよ。

語学習得で一番早いのは女の子と仲良くなることです。

おしゃべりだし気遣いすごいし、知らないことも丁寧に教えてくれて楽しいからね?


楽器はギターと、チェロの練習。

驚いたよ、一通り前世の楽器あるのね。

エレキは使えないけど。

どうもあのギターはお気に入りのようで、別の練習用楽器で合奏も楽しい。



――――――――――



そろそろ一般的な日常会話もできるようになったし、ロヴィニの市街地にお出かけ。

ルイーズのお母さんの命日、とのことで、本人の希望からそれぞれ別行動。

あれ、彼女の誕生日も近いんじゃなかったか。


サブロとシロ子はルイーズの後ろにくっついて馬車の方へ、タロとジロは徒歩でオレと同道。

情けない話だが伯爵家からお小遣いとして銀貨を数枚頂いた。


ちなみにこの世界…というより今居るイウロパ大陸全般は、銀貨が基本だ。

ターラー銀貨1枚とヘラー銅貨100枚で等価でおおよそ1万円程度、補助貨幣で1ペニヒ鉄棒貨100枚で銅貨1枚、ってことは鉄棒貨は1円相当か。他の国でも、大体この辺は共通らしい。

これ以上だと三重帝国内ではウィーン金貨1枚で銀貨100枚=100万円相当、魔銀貨1枚てのが金貨10枚=1,000万円相当らしい。

伯爵に魔銀貨を見せてもらったが、表には堂々たる『1』の文字と昭和五十六年、裏には『日本国 一円』の文字が。

…ああ、魔銀貨ってミスリルと訳されるけど、つまりアルミニウムなのね。

転移者が市民権を得られる条件の一つに多額の寄付金って項目があるけど、運よく1円玉を持ってるとチャンスが増えるわけね。



それはそうと貿易港。流石に市場の規模も大きく、何か所もあり、しかも多彩。

タロとジロを、いやタロとジロから通行人を庇いつつあちこちをフラフラ見て回る。

それだけでも面白い。


ふと目についた銀細工の薄い板。

狼と三日月をモチーフにした彫金を施した、栞にちょうど良い大きさと厚みだ。

店主は…食えなさそうなバアサンだ。

「これ、いくら?」

「4ターラー、銀貨4枚だよ」

「3枚だな、キレイなお嬢さん」

「ヒッヒッ、ハゲは好みじゃないよ。3枚とヘラー銅貨50枚」

「なろー、じゃあこのピックを10枚と6本弦1セットつけて銀貨3枚と銅貨50枚でどうだ」

「なんだい色男、楽器やるヤツぁ好みだね。全部でターラー4枚」

「オーケイ、良い毛生え薬有ったら教えろよ。もっと値切ってやる」

「そっちは手遅れだね、また来な」

あぶねー、良く見たら手持ち銀貨は5枚だった。

元値も合わせて銀貨5枚、値切ったおかげで余裕ができたから良しとしよう。



――――――――――



さて買ったものを腰袋に入れて屋台でも…と思い歩いていると、突然肩首への重量物と共に囁きが。

「На какой ты стороне?

Вы слышали эту историю от Ивана, да?」

(おまえどっち側についた?

話はイヴァンから聞いただろう?)

えっ、なんだなんだ?

「Не дайте себя обмануть.

Вы агент СССР?

Доказательством тому является штрих-код на его шее.」

(とぼけるな。

おまえはSSSRから来た工作員だろ?

首の後ろのバーコードが証拠だ)

顎の付け根辺りを冷たくとがったものでチクチクしやがる。


「Ich verstehe es nicht, auch wenn einseitig darüber geredet wird.

Ich erinnere mich nicht an den Barcode.」

(一方的に話されても分からん。

バーコードに覚えはない)

「Stammten sie also aus dem Dritten Reich? Es sollte noch keine Metastasierung oder Biotechnologie geben…」

(ならば第三帝国から来たのか?まだ転移やバイオ技術はないはずだが…)

「Nein, es wurde aus Japan übertragen. Ich weiß nicht, was dieser Körper ist.」

(いや、日本から転移されて来た。この身体が何かは知らない)

「マジかよ、イヴァン坊やそんなこと一つも言ってなかったぞ・・・

 日本て皇国でなくニッポン国か?」

「そうだ」

「年齢は?」

「日本では40歳と少し」

「ドリフの?」

「大爆笑」

「ハァ~、マジだったよ…初めてのケースじゃんか、コッチは外れだな」

「話が全く見えん。それからそのナイフ仕舞え」

「あ?ああ、これな」

陶器のかけらを道にポイする。

「コラ、あぶねーだろ」

しゃがんだ隙にそいつは道へ降りやがった。

タロとジロがすかさず噛みつこうとしたので「マテ」した。


12~13歳くらい、浮浪者スタイルのくすんだ半袖と七分丈ズボン、サンダル、リュック。

あらやだオレとおそろいじゃん。汚れ具合とリュック以外。

天使みたいに綺麗な顔ともじゃもじゃくるっくる巻き毛な茶色の髪、いたずら気な青目と相まって男か女か判断つかん。

小憎らしい笑みを浮かべてなきゃかわいいのに。

「俺はシティアってんだ。

ちょうどいいや、説明がてらそこの店でコーヒーでも奢ってくれや。

 見ての通り文無しでよ」

さらっと集られたぜ。


さてシティアの云うことには、今いるこの世界にはオレの住んでた日本のある世界以外に、もう一つ世界が重複して相互に影響しているらしい。

社会主義とか共産主義と呼ばれる国家が世界を席巻する、共産主義世界と云おうか。

今の世界は魔術を使えるので魔術世界、日本のある世界は資本主義世界と仲間内では区別している。


魔術世界は魔術・魔力の基になる物質が豊富で、物質が少なくかつ時間軸の重複する平行世界、つまり資本主義世界から時折人や物が零れ落ちてくるのはそのせいだとか。

共産主義世界は中途半端に備蓄されており、しかもエネルギー資源不足解消の手段として魔力物質に目をつけ、資源豊富な魔術世界へ無理に時間軸を歪め寄せ、工作員を送り込み奪取する計画を進行させた。

かなり強引な計画だったせいか歪みによる事故やエネルギー収支計算の狂い、何より出先の魔術世界で肝心の工作員同士による内紛まで起こり、まるで決着がつかない。

工作員は全員首筋にバーコードが刻印されるので、オレを後ろから見かけて新規工作員かと思って声をかけたのが今回の顛末だった。


…情報多くてパンクしそう。



――――――――――



「ところですまん、実はあんまり時間なくてよ。

お詫びはまたその内にして、急ぎで一つ頼まれてくれないか?」

この野郎。

「内容による」

「ルイーズ知ってんだろ?イヴァンとこの娘さん。

 どうも墓参り中に襲われたみたいで、そっちの偵察へ行くはずだったんだ。

 ところが市場で首筋にバーコードつけたお前さんを見つけて寄り道しちまってよ。

 一緒に行って、手伝ってくれねぇか?」

「先に言え、貸し一つな」

「性サービス以外ならご奉仕しますよ♪」

「いらんわマセガキ」

「ヘッ、よし決まりだな。

 そっちの狼に乗…るのは無理そうだから、また肩車してくれや。

あとコーヒーごちそうさん」

タロもジロもずっとガルルルて警戒モードだもんな。


仕方ない、支払いを済ませて外へ出て、シティをつまみ上げて肩車。

「うおー高っけー!よーしまずは市街地駆け上るぞー!ハイヨシルバー!」

だからどこからそういうネタを。

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