012 bonus02, I dont know/私は、知らない

この気持ちは、恋なのでしょうか。



騒ぎも収まったある夜、父にこんな話をされました。


「申し訳ない。

私不在で淋しい思いをさせただけでなく学校でも追い詰められていたことに気が付いてあげられなかった。

 私の目が届かなかったのが悪い、あの事件は学校も生徒もちゃんと処理したから心配いらない。

 ルイーズはまだしばらく家で休み、頭も気持ちも整理すると良い。


 ただ、一つだけ提案がある。

 今回の事件、無意識に身体操作の魔術を発現させた可能性が大きい。

 身体検査でも魔力量は多かったし、我々一族の特性が抑圧の反動で出たかもしれない。

 過剰な力は、使いこなす訓練をした方が生きやすくなる。


 だから少し気が晴れたら、家でおばあさまに魔術を教えてもらい、ついでに学校の勉強もして帝立学園を目指すのはどうだろう?

 あそこなら雑多だが穏やかな人間が集まりやすいし、治安も良いからな。」


帝立学園は王族や留学生など騒ぎを起こし難い立場の方や、様々な分野で将来を期待される優秀な方々が多く集まります。

もう、地元だからと我慢するだけの思いは沢山です。



――――――――――



私は提案を受け入れました。

帝立学園の試験は4月、入学は9月です。

公立の学校は4月から新学期が多いので休学させてもらい、私は次年の受験に向けて準備を進めました。


魔術の制御は楽しかった。

意外なことに曾祖母は近隣諸国でも名の知れた魔術士で、ギターの音を触媒に様々な制御の仕方を教えてくれました。

体術は以前より教わっていたジェイク・イーライ隊長。事件を悔やみ、試験対策を含めた更に実践的な技術を教えてくれました。

学問はイザック・ワイアルドさん。豪放な性格や無精ひげから想像し難い程の知性派で、彼もまた帝立学園を卒業したとか。あんなもの要領だ、と試験対策を中心に全範囲のおさらいをお手伝い頂きました。



受験を控えた翌年の晩冬。

曾祖母との別れが来ました。

「もう年だからね、最期に貴方と過ごせてうれしかったわ。

貴方はもう大丈夫、好きなことをして生きるのよ」

と優しい言葉をかけてもらいましたが、元々かなりの高齢なのに無理をさせてしまいました…

形見としてギターを手渡して貰いましたが、その年は結局悲しみに暮れてしまい受験どころではありませんでした。


あくる年。

試験は、あっさり合格しました。

本来なら一般教養学校を卒業して16歳で受験を始める帝立ウィーン高等学園です。

過去にはさらに低年齢で合格した方もいたようですが、その年の最年少は13歳の私でした。

皆には驚かれましたが、あの事件や曾祖母のことが心に残っていたので、少し地元を離れたかったのは事実です。

それが去年のこと。


今年は入学以来初めての帰郷です。

6月から9月まで長期休校なので少し羽を伸ばそうとも考えましたが、父からの連絡で早く顔を見たいと乞われ、お迎えまで来たので戻ることにしました。



――――――――――



安全な経路として伝令塔のある大通りでフルヴァツカ王国の王都ザグレヴを通過する計画は、しかし侍女の反対で変更になりました。

初めて見る方ですが騎士団と共に来訪したこと、最近他領から移住し父の側近として活躍しているとの自己紹介、それに父が早く会いたがっているとの話を鵜呑みにし、云われるがまま近道になる山間部のルートを移動したのです。


…大都市リュブリナにほど近い山峡でした。

突然、大地が避けたかと思うほどの轟音がすぐ近くで鳴り響いたのです。

城郭殺しとも魔術士殺しとも言われる、大砲でしょう。

魔術士の魔術は音を基本とします。様々な音階、それも単周波を組み合わせて術式を行使しますが、火縄銃や大砲の様な大音響で防がれ、その効果範囲は著しく狭くなります。

また白く立ち上る硝煙は、私の嗅覚を鈍らせるには十分でした。

一見何の変哲もない馬車と騎士団にここまで大掛かりな仕掛け、間違いなく私を狙った襲撃でしょう。


そんな時、彼は現れました。

私の小さかったころに見上げた、父の背中はあのくらい大きかったでしょうか。

顔は少し怖かったけれど、それより額の怪我が痛ましかった。


そして突然銃兵と砲兵が倒れたかと思えば、他の襲撃者たちもあっという間に倒れていました。

触れただけで倒れる奇術-あのような魔術は今のところ知りませんーも去ることながら、目にも止まらぬ程素早く、また動きも斬新でした。

ああ、そして何より忘れられません…彼の匂い。

狼のように猛々しく、回遊魚のように力強く、そして曾祖母のように優しい。



実際子供の狼たちを連れて魚を獲り生活し、困り果てていましたからね。


決定的だったのは、トリエステ港から地元ロヴィニへ移動する船上の出来事。

上手と云える腕前ではなかったものの、あんなに楽しそうに楽器の弾く方は曾祖母以来かもしれません。

楽器の演奏も楽曲自体も好きでたまらないといった表情に、思わず見惚れてしまいました。

その後集まってきた船員の方々とも聴き入りちょっとした船上演奏会と宴会になりましたが、その時にはもう私の心は決まっていたと思います。



――――――――――



出会ったばかりの頃は気持ちだけ先走ってしまい、ケインさんにはたくさん迷惑をかけました。

けれどその度彼は困った顔で「自分を大事にしなさい」と云います。

そしていつも子供扱い。

家族の事もシロ子ちゃんたちの事も大事だけれど、私の一番求めるのは貴方なのに…



今まで誰にもこんな気持を抱いたことはなかった、自分の事なのによくわかりません。

果たしてこの気持ちは、恋なのでしょうか?

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